第2話それぞれの目覚めと、日常

目を覚ますと、そこには見慣れた天井が広がっていた

安物の硬い簡易ベットから起き上がると間違いなくじぶんの部屋だと気付かされる


部屋と言うには多少語弊がある空間だ

天井裏のスペースに無理やりベットを押し込んで雑巾がけした程度の、家畜よりは少しマシ程度のもの

それが私の部屋だった

クローゼットの中にはドレスがかかっていたが、魔法が解けたみたいに、その実魔法が解けたのだが私が繕ったものだ

昨日の王城で起きた事、見た事がまるで夢見たいね、と肩を落としため息を吐く


この世のものとは思えない贅沢な料理、自分とは比較にならない程綺麗な女の子達、聞いたこと無いけどうっとりしてしまう素敵な音楽、そして‥

「素敵だったなぁ、王子様‥はぁぁぅ」

昨日の思い出を反芻しながら身もだえる

だけど、いつまでもこうしていられない

王子には王子の生活、私には私の生活があるのだ

よし、と一声上げてテキパキと朝の支度を始める


シンデレラの朝は早い

家の誰よりも早く起きて、炊事、洗濯、掃除をこなす

洗濯を終える頃には姉2人、母が起き出しご飯を食べる

けれど、シンデレラは彼女達が食べ終わるまで決して食卓に着くことを許されない

そればかりか、掃除が終わるまで食べさせてはもらえないのだ


なのでいつも、朝食は遅めの昼食になる

姉や母がお茶や、社交界に出掛けるとシンデレラはすっかり冷めてしまったポトフを軽く温め、硬くなったパンを戻し手早く平らげる

「はぁ~美味しかったぁ!」

自分でも上手に出来たのだろう、幸せそうに破顔しほっと一息をつく


どうやら舌が肥える事はなかったようだと少し安心するシンデレラ

そんな家事の隙間にふと浮かんだ考えが漏れ出す

「今頃王子様はどうされてるかしら」

と、

彼女も年頃の女の子なのである


一方その頃

目を覚ますとやはりいつもの光景が広ごっていた

きらびやかな天蓋と、静謐な朝の匂い

パリッとしたシーツに羽毛の掛け布団

昨日の出来事がまるで夢のように思えて慌てて机の上を見やる

そこには、透き通る程美しいガラスの靴が置かれていた

王子は安息のため息を吐く


「今まで出会ったどんな女性よりも魅力的で美しい人だった…また、会えるだろうか…」

王子の頭から昨日一度だけ踊った女性のことが離れてくれなかった

このままでは、仕事や商談も手につかない

着替えを終えると王子は執事長を呼び出しこう、申し付けた

「とある女性を探したい、そのものは私の運命の人なのだ必ず見つけ出し、この想いを伝えたい」

「おぉ、王子、昨日の舞踏会に参加された方ですな。やはりシャロン嬢ですかなその可憐さは隣国にも聞こえるほどですし、分かりましたコルベール嬢ですね高潔という言葉は彼女のためのものでしょう」

長年の付き合いである好々爺の推測をことごとく、否定する王子

しびれを切らして、ではどちらのお嬢さんなのです、と執事長が聞くと

「名前はシンデレラ、透き通る程美しい金髪と、柔らかくも情熱的それでいて淑やかさも持つ素晴らしい女性だ」

目を輝かせてシンデレラがどんなに美しい女性であるかを、シェイクスピアもかくやという、調子で捲し上げ続けると

「分かりました、王子がシンデレラ嬢を思う心は充分に分かりましたとも

それでは、その方を勅命にて王城に招かれては良いではないですか?」

簡単に言ってくれると、王子は息をつき執事長に事情を説明した

月の光の下、あの長階段で起こったこと自分から逃げるように立ち去っていったシンデレラそして、あのガラスの靴の事を

執事長は何と無礼な女なのだと、一瞬不快に思ったが記憶を語る王子の幻に囚われたような、顔を見やるとシンデレラのことを悪くも言えなくなった

(それほどまでに、魅力的な女性だったのだろうや)

「そうなると、こちらから呼びかけても応じるとは限りませんな」

「そうなのだ…じいや、私はどうすればいい

もう二度と会えないと考えただけで目の前が暗くなる…もういちど、どうしても会いたいのだ」

長年王子に仕え、我が子同然に可愛がっていた執事長でさえ滅多に見たことのない王子の感情的な反応に彼は一計を案じた

「ガラスの靴…というのはどうでしょうか」

「何?ガラスの靴がどうかしたのか」

「ですから、このガラスの靴をお返しに行くのですよ

この靴にピッタリと合う金髪の娘を街中探すのです

どういう事情であれ、王子が直接探されてるとあらばきっとまた、現れてくれるでしょう」

王子は朝日を浴びた向日葵のようにゆっくりと、顔をあげ執事長の名案を喜んだ

「そうだな…そうに違いない!そうと決まれば今日からだ、市街へこの事を貼り出せ

分かっているな、名前は伏せておくのだぞ

政務を片付け次第馬を出す滞りなく準備してくれ」

王子は忙しなく支度を始めた

執事長は、破顔しゆっくりと部屋を後にした

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