8 青空広がるフューチャー
智幸がスタジオから外に出ると、ベースの大久保聡史が目の前に現れた。
「よぉー」
「うっす」
2人はすれ違いざまに軽く挨拶を交わし、入れ替わりに聡史がスタジオに入って行った。
聡史は、レコーディングブースの厚い扉の前でジャケットのポケットに右手を突っ込み、指で摘んだ小型のイヤーピースを耳に掛けた。
そして左手首に着けているバンドを胸のあたりにかざすと半透明のスクリーンが現れた。
「どうだ?」
そこに映っているのは、智幸の顔だった。今よりも更に顔の皺が増えた、穏やかな表情だ。
「OKだ、上手くいったみたい」
聡史は小声で応える。
「良かったぁー!」
「じゃぁよっちゃん、転送を頼むよ」
スクリーンに映る智幸は、にこっと笑ってコントロール画面にタッチした。
その転送は10年先――2028年。
智幸が偶然に発見したデジタルレコーディングシステム兼タイムマシンは、その後プログラミングの得意な聡史の手により改良を加えて、時空転送のコントロールが可能になった。
40年前まで指定した過去へ戻ることができるようになり、一回の滞在時間は24時間まで可能になった。
聡史が2018年へ向かったのは、初めての転送でタイムライン歪みの修復が正しく行われていたかどうかをチェックするためであった。
* * *
「あっ、オミからメッセ入ってた。清水の返信早っ」
東京は、春の陽気に包まれている。
スマホを左手に持った智幸は、歩道を跳ねるように足を進ませていた。
右手を揺らして見えないギターの弦を鳴らしながら、声を出さずに歌う。
もう終わりかとピンチでも
未来を信じろよ
お前を求める誰かが
そこで待ってるぜ
運命を受け入れるか
それとも逃げるのか?
地獄に落ちたって
前に進めるさ
夢は無くなりゃしない
そこに或るのは
永遠なんだ
何処までも
青空広がるフューチャー
ふと立ち止まって見上げる。抜けるような青空。春の爽やかな風が頬にかかる。
智幸は空にスマホをかざし、シャッターを切った。
数分後、フォトSNSに写真がアップロードされる。
[今日もいい天気だ! #カレイドル #kaleidle #吉井智幸 #NEWアルバム #まもなく完成 #乞うご期待っ]
また、此処から始まる。
*おわり*
タイムリープおじさんバンド 和弓カノン @waq_kanon
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