7 一方その頃ボーカルは?


「清水さ、あの頃に戻りたいって思うか?」

「ん?」


すると雅彦は、目を細めて右手を参ったというように挙げた。


「いや、今がいいよ。二度とゴメンだ」

「だよなぁ、うん!」


ニヤニヤとする智幸の顔を見て、雅彦はキョトンとして首を軽く傾げた。


「何だ? 変なの。まー、よっちゃんがたまにヘンなのは通常営業だけどさ」

「へへへっ」


智幸は立ち上がり、雅彦の肩を軽く叩いた。そして吹っ切れたように言った。


「あーおなか空いた! ちょっと外出てくるわ。なんかテキトーに買ってくるよー」

「うん、よろしくな。あと大久保が来たら最後にもう一回チェックしよう」


 * * *


一方その頃、ボーカルの小林一臣はスタジオ近くの喫茶店に居た。

長身の背中を丸めてテーブルに肘を付け、ヘッドホンを掛けた耳に手を当てる。

ケーブルを繋げたスマートフォンには、智幸から直前に送られたカレイドルのアルバム音源デモが入っていた。

眼鏡を掛け直し、ペンを持って手帳に走り書きをしだす。


(アルバムのリードは1曲目と5曲目、ライブで披露の前に先行でMV公開かな、と……)


一臣は、バンド活動休止中に書いたラノベ『異世界に転生してゾンビ少女アイドルをプロデュースします!』がヒット。続編も出るたびに部数を伸ばした。

今やバンドのボーカリスト、通称『オミー』よりも、作家名『オミーノ・バヤシコフ』のほうがティーン世代に名が知れている。

ラノベのタイトル略して『ゾンドルP』はコミック化に続き、アニメ化された。

その頃ちょうどバンドが復活したので、アニメ主題歌にカレイドル採用か? とメンバー一同色めき立ったが、アニメキャストの女性声優ソングに決定してしまっており、作詞作曲さえ採用されなかった。

だが、それをきっかけに動画サイト等でカレイドルの音楽も知られるようになり、新たなファン層を開拓したのだった。


バンドが活動休止した頃、一臣はレコーディングに殆ど顔を出さなかったので、他のメンバーと意思疏通が出来ずにすれ違いを起こしていた。

だが今は違う。顔は出さずともメールで進行を連絡し合い効率的に参加するので、メンバー間の意見が乖離することはない。

アルバム制作でボーカリストの仕事は作詞と歌入れ、トータルのイメージをプロデュースすることである。

今回も一臣の役割は、歌入れの後はスタジオに入らず、曲順とアルバムのタイトルを指示して終わりだ。

そして、リリース後はバンドを代表する顔として、メディア各所のプロモーションに出る。


メンバーがそれぞれの能力を認めて、尊重しあう。それが、バンドを続けて行く為に大事なことだと、4人はバンド再結成してやっと気がついた。

友達同士で始めたバンドだったから、それ故に大人になるにつれ甘えが生じてしまい、関係が崩れたのだろう。

復活してからは、友達よりそれ以上に、バンドという船を共に進めるクルーとして堅く繋がった。

そして何よりも、ロックが好きだから、カレイドルの音楽をこの世界にずっと奏でたいと思うから、バンドを続けて行くのだ。


(さーて、スケジュール組みはマネージャーに任せた。まだまだ、僕らやる気だねぇ?)


一臣はバンド連絡用のグループメッセージへ入力して、送信ボタンをタッチした。

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