6 おじさんバンドマン、25歳の時代を振り返る


──よっちゃん、よっちゃん!


「……あっ!」


雅彦の呼びかけに智幸が気付く。

立ったままでギターを弾く姿勢になっていた。


(あれ、俺、弾いてたっ……け?)


さっきまでPCの前に居た筈なのに、いつの間にかギターを持っている。その時の記憶が飛んでいるようで、智幸は首を傾げた。

雅彦がその顔を見て、また心配そうに声を掛けた。


「何も言わないで弾きだすから、おかしいなと思ったんだけど、途中で止まってボーっとしてたから」

「ん?? おっかしいなぁ、まぁいっか……」


智幸はギターを下ろし、レコーディングブースから出た。

システムモニターの椅子には聡史が座っていた。座面が回転する椅子ごと振り向くと、天然パーマの毛先が揺れる。


「んー、聴いたことないリフだったから、途中から撮っといたよ?」


さっき、智幸がギターを弾き出した時にレコーディングブースに居た聡史が入れ代わりに出て、システムを操作していたのだ。


モニタースピーカーで再生してみると、ギターのメロディが流れる。


「ほぅ……いいじゃない」


口数の少ない聡史は、頷きながらぼそりと呟いた。

雅彦も腕を組み、微笑んだ。


「うん、さっすが、よっちゃんらしいね」

「はぁ……」


智幸は、訳が分からずぽかーんと口を開く。


――智幸が弾いたこの曲は、その直後に発売されたカレイドルの活動休止前、最後のアルバムには結局入らなかった。

デモテープはお蔵入りとなっていたが、14年の時を経て復活後2枚目のアルバムで完全版となり、収録される。


曲のタイトルは――『ダブル・フューチャー』


 * * *


再び2018年。

智幸は、コントロール卓の椅子に座っている雅彦に話しかけた。


「清水あのさぁ、ヴィジュアル系のライブってさー、『チェキ』撮ってそれ売るんだって?」


「え、なんだトートツに。そうだよ、奴らライブ前に何百枚も撮るんだぜ。大変だよなぁ? でもいい値段で売れるらしい」


雅彦は、ニヤリとして答えた。


「へぇー」

「”バンギャ”ってさ、何枚も買ってくんだよね」


雅彦はカレイドルの活動停止後、若手インディーズヴィジュアル系バンドのサウンドプロデュースを始め、バンドが復活した現在も継続している。その為、最近のヴィジュアル系シーン事情も知っており、音楽だけでなく精神面でも、若いバンドマン達の兄貴分として頼られているのだ。


「ふぅん。俺らん時、そんなのやって無かったもんなー」

「俺達もやってみるか?」


関心する智幸に、雅彦がからかうように言った。


「えーっ、それは勘弁っ」


智幸は、首を横にフルフルと降って苦笑いした。

すると雅彦は、フッと軽く息を吐いて微笑み腕を組んだ。


「俺が見てる若い子達はみんな真面目だよ。遅刻もしないし、酒飲んで暴れたりとかしない。俺らが若い頃は……なぁ」

「あー、はちゃめちゃやってたなー」


智幸は目線を斜め上にあげて、昔のツアー先での出来事を思いだした。


まだメジャーデビューしたての1999年、バンドが上り調子だった頃。メンバーの中でも特にこのギタリスト2人は揃ってやらかしていた。25歳、遊びたい盛りである。

ライブ後の打ち上げで酒飲んで酔っ払い朝まで騒ぐ、対バンのメンバーと喧嘩してテーブルをひっくり返す、深夜に外で自販機を破壊する、ツアー先々でその土地のギャルをナンパなどなど……。


「清水は『ロビン』だったなー。うひゃひゃ」

「よっちゃんだって『トミー』だったじゃん!」

「あははー」


智幸は照れて頬を両手で挟んだ。

その当時は、別名で洋楽アーティスト風のステージネームを名乗っていたのだ。智幸のトミーはまだ掛けているが、雅彦のロビンはどこにもひっかからないが本人が勝手に言い出した。現在でも、昔からのファンからは呼びかけられたりする。


「ロビンとトミー、俺らが通った後は『ペンペン草も生えねぇ』って言われてたよな!」


“言われてた”のではなく、勝手に自分達で言ってただけである。しかも表現がやや古い。


「あっはは、そうそう、そうだった」


雅彦は、顔をくしゃっとさせ懐かしそうに微笑む。

2人は顔を見合わせて笑い合う。それは、彼らがバンドを始めた中学生の頃から変わらない、屈託無い笑顔だ。


すると智幸は一瞬真顔になり、雅彦の目を見て問い掛けた。

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