シメ

「せっかく盛り上げようとしたのに、なんで同期に説教されなきゃいけないんだよ……」

 弱々しい声がしょぼしょぼと漏れる。

「ちょっと雰囲気悪いなって思って、ほんの軽い気持ちでベタな質問しただけなのに……。少しは俺の気持ちに寄り添ってくれたっていいだろぅ~~」

「泣くなよぉー」

 八重嶋は木藤のクシャクシャの泣き顔を目にして、思わず微笑がこぼれる。木藤はしゃくりを上げながらネクタイで涙を拭う。

「盛り上げるの下手なくせに慣れないことするからだろ~」

「もう誰にも会いたくないよぅ~」

 八重嶋は子供のように泣きじゃくる木藤の姿に笑ってしまう。

「そう言うなって。言い過ぎた。ごめんな。木藤」

「無人島で暮らすしかないのかなぁ」

「ごめんって!」

 同期に叱られたから無人島に行こうとする木藤を、とりあえず謝って引き留める八重嶋。続けて、木藤の前に置かれるグラスを持って、「ほら、まだ残ってるから。飲め飲め。今日は俺がおごってやるから」と元気づける。木藤は咳き込みながらグラスを受け取り、喉を濡らす。

「まだ飲むだろ?」

 木藤はおしぼりで口を拭いながら何度か頷いた。

「すみませーん、ビール2つー」

 八重嶋は身をよじり、声を張って注文する。


 店員の応答を受けると、八重嶋は木藤に視線を戻す。木藤は鼻をすすり、顔をうつむいている。ひどく落ち込んだ様子で、天然パーマも心なしか元気がない。申し訳ない気持ちもあり、八重嶋は明るい声で話しかける。

「そんな落ち込むなよ」

 すると、八重嶋が改まった様子で語り出した。

「さっきは……社内で馬鹿にされてるとか言ったけど、みんなお前のこと本気で嫌ってるわけじゃないからね。お前が親しみやすいから、気を許して砕けたこと言ってるだけだし」

 八重嶋はしんみりとした声色で励ましていく。

「課長だって、お前のことちゃんと評価してんだぞ? お前の細かいところが、企画の内容を引き締めてるって。だからああやって、特にお前を呼びだして長々と話してるところもあるんだからさ」

 木藤はテーブルに視線を投げたまま押し黙っている。

「俺だってそうだよ。唯一の同期で何年も一緒にやってきてるわけだから、お前の頑張りは、俺が一番よく知ってるつもりだし……」

 2人を包む静けさ。外野では居酒屋特有の賑やかなこえが鳴りやまない。それらの空気から一線を画す2人の空間は、静けさの中に慎ましく温かな雰囲気が漂っていた。

 八重嶋は途端に気恥ずかしくなり、唇をゆがめる。無言がどれだけ続いたか。騒がしかった2人を見ていた店内の者たちの中に、今も好奇の眼差しを投げる野次馬はいない。不意に木藤は何かを噛みしめるように顔を上げ、天井を仰ぐ。

「うん……ありがと」

 八重嶋は安堵の笑みをこぼす。

「おう」

 木藤はしばし天井を仰いでいた。腕を組み、再び流れる涙をこらえているのか。唇を噛みしめ、思い耽る。2人で頑張ってきた昔を思い出し、切磋琢磨してきた若かりし頃。がむしゃらだった。そんな日々に想いを馳せ、しみじみと温かく震える心にしたためる。そして、おもむろに口を開いた。

「決めた!」

 突然だった。木藤は赤く腫らした目に決意を宿している。

「何が?」

 木藤は真剣な面持ちになって八重嶋を見据える。

「さっきの回答、撤回する」

「なんだよ、どうした?」

「俺が間違ってた。本当に持っていきたいもの、やっと見つけたんだ」

 木藤の目は真っすぐ八重嶋に注がれている。熱っぽい視線が。

 気を取り直したことは良かった。ただ、木藤の言いたいことの要領が掴めない。いきなり何を言い出したかと思えば、男気に満ちた顔で八重嶋に情熱のこもった瞳を向け続ける。木藤はそれ以上言わない。何かを訴えてくる瞳が無垢なる少年のようで、呆気にとられるしかなかった。

「何を?」

 八重嶋は恐る恐る聞いた。

「俺が無人島にたった1つだけ持っていきたいもの……それは、友情だっ!!!」

「お待たせしました。ビール2つになります」

「すみません、やっぱり会計お願いしまーす」

 八重嶋は店員にすがるように木藤の求愛から逃げたのだった。


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もしも無人島に1つ持っていくとしたら…… 國灯闇一 @w8quintedseven

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