主菜
八重嶋は「あー」と声を漏らすと、首をかしげて考え始める。
だが、その頭が横に回ると、「お前は?」と返してきた。
「俺は大工道具かな」
「なんで?」
「あったら便利そうじゃん。その辺に生えてる木とかで釣り竿作ったり、雨よけもできそうだし」
木藤は肩を弾ませるように答える。
「なるほどね」
「で、お前はどうなのよ」
「そーだなあ……」
「クルーズ船」
「……え?」
木藤は反応を鈍らせた。
「ん?」
木藤の反応がかんばしくなかったので、八重嶋は投げられたボールをそのまま返す。お互いに見つめ合うも、思いは平行線。それを瞬時に悟った木藤は、一旦視線を切った。
「えっと……ちょっと待って」
木藤はそうくぐもった声で言い、改めて顔を突き合わせ、前傾になる。
「とりあえず、なんでクルーズ船?」
「え、だってひとしきり遊んだら帰れるじゃん」
「いや、あのー……そういうことじゃぁないんだよなー」
八重嶋は木藤の言いたいことが分からずキョトンとしている。
「何が?」
「こういう質問の時って、帰れない前提じゃない?」
「あ、そうなの?」
「そうだろ」
木藤は八重嶋の認識に驚きを見せる。
「その前提でもう1回考えてよ」
「んーじゃあ……」
八重嶋は再度シンキングタイムに入り、間を埋めるように気の抜けた声を鳴らすが、それほど回答に時間はかからなかった。
「家」
木藤は口を半開きにさせてカッと目を見開いた。
「家?」
「家」
度肝を抜かれ、呆気にとられた木藤は再度確認する。
「家を持ってくの?」
「うん」
「え、どうやって?」
「なんか、大きい貨物船みたいなのに乗っけて」
「貨物船使うの!?」
「うん」
「あっそう……」
木藤は八重嶋がボケたんじゃないかと一瞬考えたが、八重嶋の顔色を見るにそういった様子ではないと悟る。
「何?」
八重嶋は深刻そうな木藤の顔つきのわけを聞く。
「いや、その発想はなかったなと思って」
「ああ、なるほどね」
「んでもー……なあんて言うのかなぁー」
木藤は椅子の背に体を預けてうなる。胸の奥でしこりがもたげる。胃もたれに似た、ムカムカとする感じ。木藤は言いはばかる素振りで続ける。
「それってさ、おもいっきり計画してない?」
「ん?」
「いやだから、長い期間をかけて計画したのちに、無人島に行ってないかなと思ったわけよ」
「え、ダメなの?」
「ダメっていうか、ズルくないかってならない?」
木藤は苦笑いをたたえて意見する。
「べついいじゃん。そんな細かい設定あるなんて聞いてないし」
「まあまあまあまあ」
納得いかないながらも木藤は半ば同調する。
とはいえ、これでは木藤が描いた理想のシミュレーション通りにいってない。モヤモヤしたまま流れに身を任せて、別れた後に1人帰宅の途に向かう頃に、きっとこのモヤモヤが大きくなっていく。そんな気がしていた。
「そうは言ってもさ、こういう時って普通自分のステータスを受け継いで話していくもんじゃないかなって思いながらこっちは質問してるし……。お前、そんなお金ないでしょ?」
「そりゃないよ」
八重嶋は取り皿のから揚げを取ってかじる。
「そもそも家って。それはもう、移住だよ」
「移住だね」
八重嶋は当然のように首肯する。
「『もしも、無人島に1つ持っていくとしたら』だから、よく分かんないけど『無人島に行かなきゃいけなくなった』、っていう状況に追い込まれて、偉い人に『1つ持っていってもいいよ』って言われて、さてどうするかっていうことじゃない?」
「偉い人って誰?」
「か、課長……、とか」
木藤はおろおろしながら答える。
「課長命令ならバックレるわ」
「んじゃ、死神とか」
「死神がなんで無人島に行かせんだよ」
八重嶋は失笑しながら素朴な疑問をぶつける。
「そこは聞き流せよ!」
「だって死神って言われたら疑問に思うでしょ」
「そこは重要じゃないの!」
「分かったよ」
「俺が言いたいのは、追い込まれた状態で仕方なく1つだけってなった時に何を持っていくかが聞きたいのよ。それなのに家って言われたらさ。おいおいおい、こいつ住む気じゃねぇか!? 嘘だろ!? この質問で住む気でいやがるっ!」
木藤は席を立ち、据わった目をどこかへ投げて心の声を語っていく。
「しかも貨物船で運ぶって。絶対貨物船に何人も乗ってんだろ。1つどころじゃないじゃん。貨物船に資材を乗せて、何ヶ月とかけて建築させようとしてんじゃん! あああアリなのっ!? コレってアリナノッ!?」
「なんで片言なんだよ」
「どんなボンボンなんだよ。完全に金持ちの思考じゃねぇか。普通のサラリーマンのくせに、何を言ってんだコイツ!? ってなったよ」
「顔こぇえよ。とりあえず座れよ。客全員こっち見てっから」
「あり得ねぇだろ……」
木藤は愕然としながら席に戻る。すると、めんどくさそうな顔で八重嶋が切り出す。
「さっきから聞いてて思ったんだけど、お前細かくない?」
「は?」
「大した質問じゃないのに、なあんかすげー細かいことウダウダ言ってんなーって。べつにいいよ! いいけど、質問された方が困るの。もっと気軽にやればいいのに、帰れない前提とか、追い込まれた状態とか後で色々追加してくるから楽しくないの」
八重嶋の冷えた目が木藤に追い打ちをかけた。木藤には何より楽しくないの言葉が胸を突いた。だが、感情が高ぶっている手前、引き下がれなくなっているのも事実だった。
「後付けで言ったのは悪かったけど……そういうもんだと思ってたし。だって現実的に考えたら――」
八重嶋に楽しくないと言われ、木藤の声は小さくなっていた。狼狽えながら続けようとしたが、八重嶋が遮って話し出す。
「現実的に考えたら無人島には何があってもいかねえよ」
「だからそういうことじゃないんだよ」
木藤は思った方向にどんどん逸れていく現状に嘆きたくなるのを
「それにお前の回答も1つじゃないじゃん。大工道具って中にいろんな道具入ってるだろ」
「それは……」
木藤は痛いところを突かれ、ぐうの音も出なくなる。
「俺の回答にいちゃもんつけるならお前もちゃんと1つにしろよ。自分に甘くて他人に厳しいとか、一番嫌われるからね!? そういうとこよ!? お前が会社ん中で変態モジャさんって馬鹿にされんの。課長だってお前の変に細かいとこが他人に向いていくんのがウザくて熱入ってんだよー!」
「もうやめろよ、やめろよやめろよぅー!」
木藤はまくしたてられ叫んだ。八重嶋は驚きのあまり言葉を止める。ヒートアップした後にひんやりとした感覚が降りて、悲しげな木藤の面持ちに戸惑う。
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