スタット街脱出劇(4)

かくして宿を出て逃走を始めた僕たちだが、この街の門はただ一つ。

 騒ぎになった以上、当然マークされているだろう、強行突破を図る算段を付けないまま向かっても屈強な騎士たちの餌食になるのが関の山だった。


「うおおお、待てええガキィイイイ!!」


「逃げても無駄だぞ小僧!!」


「生意気やってんじゃねえぞ大人しくしやがれ!!」


 見ての通り今現在も追われている。イヴさんの手を引き、一向に目覚めない呑気な猫を担ぎつつ全力疾走しているこの状況ではなかなか考えを巡らせることも困難だ。


「というか、騎士というより山賊か何かなのかいあいつら!!ガキだの小僧だの好き放題言って!」


「ロットさん!前!」


 前を向くと一人の騎士が立ちはだかっていた。


「止まれ!ここは通さんぞ!」


 善良な一般人である僕相手に既に剣を構えている。

 このクソ忙しい時に…


「ならば押し通る!!」


 僕は空いている左手で、右腰からレイピアを取った。


「上等だ!来い、私が分らせてやる。」


 イヴさんが気を利かせようとしたのか、僕の右手を手を離そうとした。

 僕は構わず離さないように強く掴み返す。


「大丈夫、このまま突っ走るよ!絶対離さないで!」


「え、ですが…!」


「行くよ。うおおおおお!!!」


 剣を構え直し、気合を入れて精一杯声を上げる。


「来るか…!」


 ついに剣の間合いまで接近、そして…


「うおおおお!」


「……ん?」


 僕は何もせずに防御姿勢の騎士を素通りした。


「オーーー……」


 この辺りで叫び疲れて棒読み気味になっていた。

 既に対峙した騎士を背にしてだいぶ突き離していた。


「き、貴様あぁぁぁ……!!!」


 何をされたのか、いや何もされなかった事にようやく気づいたのか彼は声を裏返し、足をバタつかせながら怒号を上げてきた。


「悪いね、生憎僕は騎士道精神は持ち合わせていないし、正々堂々なんて興味がないんだ。勝手にやっててくれ!!」


「な、なんだか気の毒ですわ……」


「いやいや、大前提として気の毒なのは僕たちの方さ。彼一人退けたとして、この先にも…」


「まてえええ!!」


「やつをとッ捕まえろおおお!」


「卑怯者目が!!」


 第二第三の追手はやってくる。

 卑怯者とは失敬な、少年少女相手にその人数でかかる方がよっぽど大人気ないじゃないか。


「わいのわいのと愉快な騎士たちがどんどん集まってくるからね。とんだ人気者だよ」


「凄い迫力です…。」


 そうしているうちに、また進行方向を何人かが抑えていた。


「諦めろ!!この戦力から逃れられると思うなよ!」


 ざっと8人ほど、確かに剣一本でどうにかなるとは思えない。

 しかし、なんだ?後ろの追手が分散して回り込むにしても行動が速すぎる。


「くっ、こっちだ!」


「はい!」


 立ち止まらずに、目に映った建物の横道に入り込んだ。

 細い道なら大群では追ってこれまい。


 しかし…


「なっ!?」


 抜けた先の大通りは既に包囲されていた。

 一瞬では数えられない人数だった。


「いくらなんでも数が多すぎる!!一体何人常駐してたんだ!?」


 貴族街とはいえ、こんな軍勢が出揃うのは不自然だった。

 この街の外から呼び寄せでもしないと……


「ロットさん!!」


「え?」


 その声を聞いて、焦りながら背後に気を向けてみる。


「おねんねしやがれ坊主!」


「しまった…!」


 待ち伏せていた大量の騎士達に気を取られているうちに、通ってきた道からの追手が迫ってきていたようだ。

 剣の鞘で殴りかかってくる、もちろん防ごうとするが、それを成すには若干反応するのが遅かった。


「くっ…ーーーあれ?」


 しかし痛みが来ない。

 無意識に閉じていた目を開くと目の前の騎士は氷漬けになっている。


「な、なんで…キリュウ?」


「zzzZZZ」


 いや、寝てるな…というかこの状況で良く呑気に寝ていられるものだ。

 ではキリュウの魔法の仕業ではない…いや、そう

 か!!


 ***


「ーーま、バリアくらいは張れるように詠唱しといてやるヨ。手出せ」


「ん」


「ーー汝、冷気を集わせる聖者よ、我らの道を遮りし……」


 ***


 あの時の防衛魔法、まだ解いてなかったんだ。

 イヴさんの手を取っている右手の甲を見ると、昨日キリュウが刻んだ紋章がすぅっと消えていくのが見て取れた。


「貴様、抵抗したな!もう容赦はできないぞ!」


 僕は一応出来る限り騎士に攻撃する事を避けていた。

 ただ逃げに徹するだけなら、最悪でも白旗さえ上げればこちらに危害が加わる事はない。しかし形はどうあれ騎士一人を凍らせてしまえば、彼らにとって逃走者は敵性勢力に成り代わる。

 一般人の正当防衛の主張など通らない。

 この事態だけは避けたかった。

 くそぅ、何もかもが裏目に出てるじゃないか!!


「者共かかれ!女子供であれ容赦はするな、なんとしても確保せよ!」


 今までは、気が進まなそうにしていた騎士も何人かいたのだが、この光景を見たせいか、誰も彼も威圧的な目に変わっていた。


 まずいな、こりゃ本当に捕まるぞ…


「ごめん、イヴさん…ここまでかもしれない」


「いえ…いえ!私こそ巻き込んで本当に申し訳が立ちませんわ。だから…その」


 しかしそんな時だった。

 微かな地響きと、どんどん大きくなっていく車両の音がする。


「ん?いや、なにか向かって来るぞ?」


「んな!退避、退避ィ!!」


 騎士が群がっているところへ、凄い勢いで、馬車が一台突っ込んできた。

 彼らが逃げなければ何人か蹴散らしていただろう。

 そして馬車は僕らの目前で急停車すると、2頭の黒い毛並みの馬が高らかに鳴き声を上げた。


「だ、誰だ!!街中で走らせるスピードじゃないだろ!!馬鹿なのか!!」


「いや、私は決して突っ込みたいわけではなくて、嫁さんがですね……。ゆ、許してぇ」


 操縦していたのは気の弱そうな男性だった。

 突っ込んできたものの、どうも本意ではないらしい。


「えっと、なにが起こってるんです?」


「いや、分からない。全然分からない」


 すると、客車から意外な人物が顔を覗かせてきた。


「ハァーイ!ロットさん!」


 なんと、僕が飼い猫を探しだし、そして幽霊屋敷に行くキッカケとなったその人だった。


「タ…タニア婦人!?」

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探偵剣士ファンタジー(仮) 〜 〜一目惚れと猫とドタバタミステリー〜 @cola15

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