スタット街脱出劇(3)
しばらく走るとサンタナの看板が見えてきた。
よし、まだこの辺りは騒ぎになっていないみたいだ。
僕は息を切らしながら宿に入った。
特に何もなかったからいいのだが迂闊だったかもしれない、中で待ち伏せされてないとも限らないだろうに。
ロビーではイヴさんと店主が静かに話していた。
相変わらず他のお客さんの姿は見えない。
「あ、おはようございますロットさん。昨日はどうもありがとうございます。お陰でゆっくり休めました。」
と彼女は微笑みかけてくる。
ああなるほど、昨日宿に着いた頃は疲れていたんだな。
明るいところでイヴさんの姿をみてドキっとこないはずがないんだ。
彼女は昨日と違って、髪を左サイドでリボンみたいに結ってまとめていた。
「……えと、それ…?」
「少し行儀が悪いのですが、ドレスについてた装飾の紐でまとめてみたんです。長いままだと煩わしいので。変でしょうか?」
「い、いや、そんな事はないよ、うん」
この髪型が普段のスタイルなのだろう。
間違いなく似合っているのだが、気の利いた言葉は出なかった。
……いや、リボンひとつで何を同様しているんだ僕は、そんな場合ではないだろうに。
とりあえず首をブンブンと振る。
「おかえり、食事は出したぞ。あんた、この子を助けたらしいな。悪い奴らから」
店主は無表情のままそう言ってきた。
イヴさんは事情を話したらしい。
「残念ながら僕も悪者とみなされたらしいですけどね」
「何かあったのか?」
「ええ、ちょっと立て込みそうです」
「ロットさん、できれば落ち着いてお話がしたかったのですが…」
イヴさんもなんとなく察しているらしく、顔が険しくなる。
「僕も色々聞きたかったんだけどね、イヴさんすぐに出発できるかい?どういうわけか騎士団が僕たちを捕まえようとしてるらしい」
「騎士様が!?」
僕は詳細を話す前に、自分の泊まっていた部屋に転がり込んだ。
「キリュウ!!」
ベッドの上で丸くなっているヤツの姿を視認する。
良かった戻ってきていたようだ。
「zzzZZZ」
ただし気持ちよさそうに、寝てるけど
僕は自分の荷物とその猫の首根っこをつかむとすぐにロビーに戻る。
悠長に忘れ物がないか確かめる暇もない。
イヴさんも準備をしてきたようだ
昨日渡した、帽子を被り、ローブを羽織っている。
「いつぶりだろうね、こんなに余裕がないのは…すいません食事代はこれで!おつりは取っておいてください。イヴさん行けるかい?」
「はい、すぐにでも!」
僕は硬貨を多めに何枚か雑に渡した。
店主は何か言おうとしていたが、足りない事はないだろう。
そのまま宿を出ようとした時だった。
ドンドン!!
扉を叩く大きな音、そして
「出てきなさい少年!抵抗は無駄だぞ!」
「追いつかれたのか、追手には気を付けていたつもりだったのに」
どうも騎士も闇雲に探していたわけでもないらしい。
「……あの、ロットさん。やはりこれ以上迷惑をかけるわけにはいきませんわ…私のことはもう」
弱々しい声だった。
「気にすることはないよイヴさん。僕もとっくに追われる身になってるんだ。もはや運命共同体さ」
「ですが…!」
ええい、どうすればいい!
そうだ!さっきヒュードさんが渡してきたものはなんだ?
「それは…?」
「知り合いに貰ったんだ、頼みの綱になればいいけど…」
ヒュードが渡してきた小包を縋るような気持ちで、開いた。
さっきの煙幕みたいなものでいい、この状況を誤魔化せればやりようはある。
期待は裏切られた。
中に入っていたものを一つ取り出すと、「スタット街の特産」と書かれた猫缶だった。
ロイヤル猫缶だ。
買わなきゃ良かった…
「キリュウによろしくってそういう事だったのか…」
役立たずに等しいその缶を手に持ちながら、この事態の解決手段について考えを巡らせていると、思わぬところから助け船がでた。
「おいあんた。裏口から行け、騎士はいるかもしれんが、そこから出るよりはマシだろう」
「裏口…!助かります!」
「構わん、うちの宿代は食事代込みだ。この金を受け取る理由ぐらいにはなるだろう」
「ありがとうございます。さぁ、行こうイヴさん!」
「ええ…あの、お世話になりました、おじさま」
彼女はきっちりと礼をしてから付いてきた。
裏口の扉を開け、外を覗く。
古めかしく目立たない扉のせいか、見たところ誰かが待ち構えている様子はないようだ。
「走るよ、準備はいいかい?」
眠っているキリュウを短いベルトで肩に固定しながらそう呼びかける。
「あ、あのロットさん!」
まだ迷いがあるようだ。
とても心の準備ができている様子じゃない。
「君は追われる理由に心あたりがあると言ったね?」
「……はい、多分私の想像通りです」
誰だってそうだが身に覚えもないのに騎士なんかに追われたら是が非でも逃げるはずだ。
何かの間違いだったとして、捕まってから誤解を解くのは難しい。
そうでないと言うことは彼女は追われる明確な理由を理解している。
だからこそ僕を巻き込むことに躊躇しているのだ。
「では、捕まったとして、その後キミがどんな目に合うのかも想像がつくのかい?」
「はい、それもおおよそ見当がついています。そして私が捕まってしまうとそれはきっと…その……」
彼女はそこで口を濁す。
詳しく聞いている時間はないから気には止めない事にする。
しかしこれは意外な事だった。
処刑されるほどの大罪でも犯していれば別だが、そうでなければ口を濁すほどの顛末に見当がついているのは不自然だ。
もちろん彼女は罪人の類じゃない事を前提としたい。
罪人だとしたらあんなこそこそと攫ったりしないはずだ。
それこそ写し絵付きで大々的に指名手配されてる輩は何人もいる。
最近だとマスカレイドとかいう謎の怪盗とか。
今でこそ大っぴらに僕たちの事を捕まえに来ているが。
それは僕が彼女を救い出したせいで、奴らの抱えていた何かの計画が頓挫する事を意味していると考えられる。
なりふり構っていられない訳があるのだ。
「おい!いたぞ!!」
まずい!やっぱり話をしてる場合じゃなかったか。
僕は彼女の手を引っ張り飛び出した。
「きゃっ!」
「結論を急ぐ必要はないよ。でも今は、今ばかりは逃げるのが先決だ。わかるね?」
「ええ……いえ、はい!!」
迷いを振り切ったわけではないだろう。
でも僕共々見つかってしまえば、どっちみちだ。
「いい返事だね。行こう!」
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