第4話 川辺の車道をこぎ続けた
川辺の車道をこぎ続けた。彼女の体はひんやりしていて、熱帯夜が心地良いくらいだった。自転車の後ろに乗ることが、こんなに楽で安心できることだとは思いもしなかった。
川沿いの道をどこまでもどこまでも走らせ続けた。こんなにもずっと虫の声がし続けるんだ……と思った。風が頬を撫で、夜はさらに深くなる。何度か眠りそうになった。
女子高生は、私が落ちないように適度なスピードでまっすぐこいでいた。時々トイレがしたくなってもじもじすると、女子高生は何も言わずに自転車をコンビニに止めたし、喉が渇いたなと思うと自動販売機の前に止まった。
休憩をはさんでひたすら進む。だんだんと夜の底が色を変えていく。半分寝ぼけた頭でじっと空を眺める。少し体が冷えてきた。気温は高いのに、体温が低い。頬は冬の頃みたいに冷たくて、手を当てて温めた。眠りたいけれど、眠ってしまうほどではなかった。
大きな堤防が見えた。自転車が止まった。階段を上がると夜明けだった。海鳥が鳴いている。
本当に鳴くんだ。海で、鳥が。
海の匂いがする。穏やかな気持ちになる。陽の光が差し込んでくる。うっすらと汗ばんでいるのに、体は全然温まらないままだ。
夜を超えて今立っている砂浜に、自分の足跡がわずかに残っていく感触を楽しんだ。
私は振り返って女子高生を見た。
女子高生は、少しだけ笑顔になった。それから目を大きく見開いた。その瞳の中に、ボロボロになって街をさ迷う私が見えた。
突然、自分が自分から離れていくような感覚に陥った。意識が、ガクンと根こそぎ奪われていくような……。倒れないように必死に立っていたが、彼女から目を逸らすことができなかった。私は、その眼に、吸い込まれていった……。
……。
私は色んなところを転々として暮らしていた。
夏のあたたかい日に公園で寝転んでまどろみながら過ごす。冬は地下鉄の構内で段ボールにくるまる。
しだいに私は真っ黒になっていき、服もボロボロになる。いつも空腹をかかえていて、それでも心は安らいでいて、いつもこれでよかったと思っていた。
人が私を避けて歩く。路地に座って、往来を眺めていると、ごくたまにどうしようもない寂しさがこみあげてきては、落ち着いていく。寄り添って歩く人々を見ていると、ふと、そこに自分をはめ込んでしまう。そういうことをほんの数秒、想像する。
でも、しなくてもいいのだった。私はそれでかまわないのだ。満足だった。
一歩を踏み出さないことに、安らぎがあった。一人でずっと過ごして、たどり着いた街に居られなくなったら、いつも女子高生が、変わらない制服姿で私を迎えに来るからだ。
彼女の背に抱き着き、しっかりと制服を掴む。黒い汚れと臭いが、彼女に吸い込まれていく。
一言も会話を交わすことなく、雨に打たれ寒さに震える時も、田んぼが実りをむかえる時も、自転車に乗って軽やかに走り過ぎていく。うたた寝をして彼女の膝枕をよだれで汚してしまった時も、もっと遠くに行きたいと彼女の背中を急かす様に叩く時もあった。
そして何十年も経って、自分がどこからやってきたのかも忘れてしまった。
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