第3話 ベージュのブレザー
幽霊とも妖怪ともつかないさっきの女の子は、面影を残して大きく成長し、女子高生になっていた。女子高生は穏やかに笑って、着ている制服を指さした。見覚えのある、綺麗なベージュのブレザーだ。
「あ……」
もし、もし高校に通えるんだったら、その制服の学校に行きたかった。
「それっ……は……私が……とっても着たかっ……た……」
と、彼女が誰であるかを問うのも忘れて、その女子高生を指さし、たどたどしい言葉を発した。
私に残っているのは、家。家以外に何もないのだけれど、女子高生になったあの子が加わった。
制服を着るというのは、私の喜ぶことをしてくれたのだろうか。話し相手になってくれるのかな。
妹のことや家のことを、この子は全部知っているのだろうか。だったら、私の空っぽを埋めてくれるかもしれない。私にとって、生きていく希望になるかもしれない。
そう思って、すぐに思い直して、私は声を一切出すことをやめた。
交流してしまったら、言葉を交わしたら、心の触れ合いをしてしまったのなら、これからひどく苦しいことが起こるだろう。
誰とも触れ合わないで、静かに暮らしていたい。誰かと触れ合って喜びを知っていく日々の糧が、きっと私を苦しめ続けるだろう。我慢し続けることなんてできない。人と触れ合い、助け合い、喜びあって、それでも少しずつ影が広がり、悲しみ、苦しみ、最後には別れてしまうことが、必ず起こってしまう。
妹の懸命で純粋で孤独な世界と共に暮らしていた私は、もう、人と人とが交じり合う世界とは向き合えないのだった。
私は部屋でずっと立ってこっちを見ている女子高生に手を振って、(さよなら)と笑顔を作った。
私は部屋に彼女を置いたまま強く目をつむって、この家から出ようと思った。歯を食いしばって、歩いた。窓を開け放ったまま、鍵もかけずに、必要なものだけを入れた鞄を用意して、肩にかけて外に出た。夏の星が見えていた。玄関を出て、行く宛もなく、あんまり知らない道から歩いていこうとした。
ブレーキ音がした。
部屋の中にいたはずの女子高生が私の前に現れた。後ろに乗れと指をさしていた。
暗闇の中、いきなり現れたので今までで一番びっくりして、声も出なかった。やっと、声にならない声を出そうとする。
「あ、あなた、は!」
と、またうまくいかない。声の大きさの調整もできない。
女子高生は人差し指を口に当てて、また、自転車の後部をさし、乗れ乗れと催促するのだった。
私はこの子が本当にいるのか、幻覚なのか、結論を出せないままでいた。
見えているのだから、実際にそこに存在しているのだろうけれど、見えなくなる時はいつか来るのだろうか。
目の前の存在は、自転車にまたがってペダルを踏んでこぎ出そうとニコニコしている。
……とりつかれちゃったのかな。
女子高生の姿をしたこの子は出発する気満々でそこにいる。なぜとりつかれたんだろうか。どうして私なんだろうか。いろいろ考えるうちに、あの子は自転車のベルを猛烈な速さで鳴らした。
怒られた? 私はあわてて女子高生の後ろに乗った。彼女の体に抱き着くと、細くて、芯はしっかりとある、人の肉体だった。
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