第2話 せめて、窓の外に海が広がっていたらなぁ……。

 女の子は、私に手を振ってから、台所のほうへ動き、姿を消した。

 こんな幻覚を見るなんて……。妹の心はもがいて苦しんで、錆びついていた。私も、それに感化されてしまったのかもしれない。

 あの女の子、水色のシャツがよく似合っていた。幼いころに妹が着ていた気がする……。


 妹と共に苦しんでいたことは、間違いではなかったと思うことが、妹への弔いであった。

(次に私が妹のように亡くなるのかしら)

 それとも、私は、世間で生きていくことが、できるのだろうか。

 働いて、賃金を得て、生活をしていく。友を作り、夫と愛し合い、子を産み育て……途方もない先にあることだった。

 私はそこにたどり着く気力を失っていた。家のお金が尽きて、もし生活を維持できなくなったら、この両親の部屋に妹と私の布団を敷いて、ゆっくりと餓死してしまおうか。

 素直にそう考えていた。


 窓の向こうには、閉ざされたままの雨戸しか見えない。せめて、窓の外に海が広がっていたらなぁ……。

 私はふと思い立ち、雨戸と窓を開け放った。

 庭は草が伸び放題で、網戸だけは閉じたままにした。

 耳をすませると、虫の音色が消えて、幻のように潮の満ち引きが聴こえた。胸の鼓動が早まった。

 もう一度、さっきの女の子の事を思い出した。


 生まれてこなかった子……なのかな。昔、両親が、たった一度だけふとした拍子にそれらしいことを言っていた。一分にも満たない時間のなかでの話題だった。でも、私にとって強く印象に残っていて、ずっと頭の片隅で覚えていた。どこか違う気がするけれども、それ以外、当てはまるものがなかった。幽霊とも、妖怪とも、つかないけれど。この家には、子どもがいる。

 こうもすんなり、幻覚を受け入れるなんて、いよいよ私もひどくなってきた。


 甚だしいね。家で一人、ひたすらケラケラと笑った。妹の壊した壁や障子の破れたところを思い出しながら。あの女の子は、寂しそうな顔をしていた。私が死んだら、彼女一人になるな……とつぶやいた。


 これ以上、何が起こるというのだろう。

 妹の心に触れ続け、世話をして、世間から離れて、静かに心が波立たないように暮らしてきたのだ。それがついに、陶器を床に叩きつけるように、バラバラに砕けたのだ。砕け散ったものはいくら継ぎ直しても、もとに器には戻らない。戻らないことに私は満足しているんだ。

 妹のいなくなった空っぽの布団を見つめていると、怒りとも悲しみともつかないものがあふれてきた。

 私は階段を上がって、二階の自室に戻った。

 家が広くなったな……と思いながら、部屋のふすまを開けた。


 ……女子高生がそこに立っていた。


「うわわっ!」

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