3話:思い込みという毒
ヘビは宙を舞う。ただ一撃を持ってしてその巨体が天を翔けるように打ち上がる。一撃を発したのは半透明でそれでいて光を容易く飲み込む黒曜石のような腕。その腕が
さっきボクは完全に動けなくなっていた。心が完全に折れて戦意喪失していた。でも今はそれが映画を見て没入していただけのような感覚で今思い出しても恐怖をあまり感じない。
そういえばボクが逃げてと伝えた人は?ヘビから視線を一度も逸らしてないからあのヘビには食べられてはいないはずなのだけど。
周囲を見渡す。捕食される寸前だった人物は見当たらなく、他の二匹のヘビはこちらに興味を向けてないのか気づいてないのか遠くにいる。そして百合華の事を助けてくれた半透明の黒い腕の持ち主も見当たらない。
人探しも束の間に。すぐそばで爆発音に近い音が聞こえる。音の方を見ると先程打ち上げられたヘビが地面に叩きつけられ、体を絡ませるように苦しみ悶えている。
あの──十数メートルは優に超えているであろう──高さに打ち上げられて生きているの?凄いタフね……刀で体内を斬った程度で倒せるかしら?一抹の不安を覚えながらも刀を握る力を少し強め。回避しやすいよう脚の位置をずらす。
紐のみたくに絡まないよう器用に悶えていたヘビは急に絡まるのをやめこちらに口を開き高速で向かってくる。その大きな口に体中に鳥肌が立ち思わず一歩引いてしまう。
この突撃を避けるのは簡単。だけどこれで距離を詰められて、さっきみたいに体が動かなくなったら今度こそ死ぬ……よね。ならここで仕留めるしかないわ!
意を決し、右手のみで刀を握り後方へと引く。じりじりと
外皮は硬くて斬れない、かといって口内を斬っても致命傷にならない。ならば急所──脳か心臓を突く。だけどヘビの心臓の位置は知らないし口内から狙って届くかも不明なら脳を突くのが良いわね。
一歩二歩と前へ踏み出しヘビと目と鼻の距離まで近づく。左脚を前に出し地面を掴んで軸にする。勢いを殺さず体を左へ捻り右腕を突き出す。ヘビの脳に目がけて口内の上顎の中央部分へ刀を突き刺す。刀が刺さった部分からは赤い鮮血が流れ出しヘビは動きを止める。貫いた、刃が通ったそしておそらく倒した。このことで少し勝機が見出せる、残りの2体もこの調子で──
目の前で開いていた口が勢いよく閉じる。それと同時に右腕が鋭い痛みに飲み込まれる。
「ぎッ────いゃぁぁぁ……ぃた……い」
右腕の二の腕部分にヘビの牙が深々と刺さり牙と腕の隙間からダラダラと血が流れ出す。あまりの痛みに一瞬意識が飛び、同じく痛みで強制的に覚醒させられる。痛みによって思考が掻き乱さられ、まともに思考を
意識も絶え絶えになりながらも感覚だけは鋭く伝わり、右手の指先から何かが体に流れてくる感覚を覚える。それが百合華の思考を余計に惑わせる。
今のは……毒?相手はヘビだし毒を持っていても不思議では……はやく解毒しないと!
少女はギリッと音がなるほどに歯を強く噛みしめヘビの下顎に蹴り上げる、刀をさらに深く刺すために。脚を振り上げる度に牙が刺さった右腕から気を失いそうな程の痛みを味わう。腕からは多量の血が吹き出し、口から唾液混じりの血が流れても蹴るのを止めず叫ぶ。
「はやく……くたばれぇぇ!」
下顎を蹴った脚を下げもう一度脚を振り上げようとした瞬間右腕がグイッと下に強く引っ張られバランスを崩して前に倒れ込む。ヘビが力が抜けたように地面に倒れ込んで一緒に引っ張られたためだ。
地面に倒れ込み痛みで荒れた呼吸を整え、乱暴になっていた思考を落ち着かせる。
「倒した……のかな?」
ヘビは目を閉じておりピクリとも動かない。左手で上顎を持ち口を開かせても全く反応せずされるがままである。息絶えたのだろうと判断し、そのまま上顎を持ち上げ牙から腕を引き抜く。
「ッ……ふぅ」
右腕には直径四センチ程の穴が深々と空いており、かろうじて指先が動く程度でまるで力が入らない。これ刀回収できないかもしれない。少し焦りを感じるが、意外にも刺さった刀は容易に抜く事ができる。案外深くまで刺さっていなかったのだろうか?だとしたらこのヘビはどうやって倒せたのかしら……。いやそれより毒を抜かないとまずいわね、とりあえずここから離れたいわ。
動かない右手から左手で刀を手に取り、刀を支えにして無理やり立ち上がる。あら?ヘビに噛まれている時より腕の痛みがだいぶマシになってる?……毒で神経がやられてきていると考えるべきかしらね。ならはやく医者、いえ治癒術師のところへ──
この場を離れようとする少女に影がかかる。日は落ちておらず空は快晴で雲一つないいい天気。ああ──そりゃ来るわよね。なかば諦めに似たような感情が湧いてくる。
少女が影の方へ振り向くとそこには先程倒したヘビと同じようなヘビが二体、少女へ視線を向けている。うぅ……最悪。一体倒すだけでも片腕無くなってるのに二体同時なんて……。少女が
「やめよ!」
少しあどけなさの残る男性の声が辺り一帯に響き渡る。“やめよ”ただその言葉を聞いただけで心臓がギュッと押し潰されるかのような圧に冷や汗をかく。ほんの数秒前まで少女を喰らおうとしていたヘビ達は既に少女には目もくれず、少女よりも後ろ──声のした方を見つめている。少女も後ろを振り返り声の主の姿を見ようとする。
「余の住む国の民を傷つけるものは許さぬ、死をもって償え!」
振り返った瞬間、その声と共に背後──つまりヘビの方──から風を斬る音と重たいものが地面に叩きつけられる音が二つずつ聞こえる。再度振り返ると両方とも鮮やかな切り口がはっきりと見えるように頭と胴体が離れている。そしてそのヘビの間に一人。
背丈は百合華とさほど差は無いが、その存在感は背丈が二倍も三倍もあるのではないかと思わせる。百合華はいつのまにか片膝をついて
な、なにあの人、いやそもそも人なの?こんな全てが圧倒的な人が存在するの?
まだ何かされた訳では無い。にも関わらず恐怖かそれとも尊敬かどちらかとも取れる感情と生存本能がするべきことをすぐさま選んだ。
その存在から手が伸びてくる。気配とでも言うべきだろうか、存在感からか見ていなくても一挙手一投足が判断できる。そしてその手は少女の頭に触れる。
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