5話:魔性の女②
紅色の輪に腕を捕まった女性は床に伏している。彼女の額から汗が流れ、ギリッと歯軋りの音が聞こる。
「そなたはシータを連れ去ろうとしたと申しておったな」
重く冷たい声で地を眺めている女性へ尋ねる。蚊帳の外なぼくですら背中に冷や汗をかきそうな空気なのだから、彼女は相当な状態でしょうね。
「は、はい。ま、間違いありません」
「そうであれば、誰であれ相応の罰を与えねばなるまい」
ラーマの右手が薄く光を放つ。光は恒星がごとく光を放っておりまともに直視できない。光の球体は次第に伸びていき剣のような形へ変わる。
光が剣になった。さっき言っていた魔術という物なのだろうかと考えるが、目の前で断罪が行なわれている
「お、お待ちくださいラーマ様、わたくしに申し開く事をお許しくださいっ」
スルパナカーと名乗った女性は数秒先にも生きるために必死になって額を地面につける。
「……良いだろう」
「わ、わたくし確かに先程シータ王女を拐いに来たと……自白しました」
「そうだな、国への反逆を意味する」
「で、ですがわたくしは実行せずラーマ様の元へ参りました。まだわたくしは何もしておりません! お話をしに来ただけなのです! 会話を求める者を斬り捨てたとあればッ!」
スルパナカーと名乗った女性は体中が震えて息も絶え絶えになりながら語る。太陽のような剣に顔が照らされ彼女の表情がうかがえる。歯をガチガチ言わせ目を見開き許しをこう様子は
「──良かろう、今回は見逃す」
女性の表情がパァっと明るくなり安堵した様子を見せる。
「ラーマ様の寛大なる御心に感謝申し上げます!」
女性の腕を地面と繋げていた紅の輪はどちらともから離れ、ラーマの手元へ帰ってくる。指輪ほどのサイズに戻り、握りしめると指の隙間から光が漏れだす。手を開くと紅色の輪はあっさりと消えている。同じく剣も球体に戻り手に吸い込まれる。
ああ、さっきもこんな感じで出し入れしていたのね、原理一切わからないけど。
地面に伏していた女性はゆっくりと立ち上がり服に着いたホコリを払う。その動作を取っても優雅で、ほんの数秒前まで地面に手や膝をつけていたとは思えない程だ。
「それでは──」
地に堕とされてもなお堂々とするたたずまいは気品が
「わたくしとぉ、お話ししましょ?ラーマ様ぁ。ソーマ酒でも飲みながらぁ」
──いないなぁ。なんて精神の図太い人だろう。普通だったらあんな状況の後にお誘いなんてできないと思うけど。
「…………本気で申しているのか?」
「えぇ、わたくしぃラーマ様とぉ結婚したくてぇ。そうだ! わたくしのこと、スーって呼んでくださぁい」
「余はシータ以外に
「えぇ〜純情な乙女のお誘いを断るなんてひど〜い」
「………………」
女性はキラキラした目でラーマを穴が開きそうなほど見つめる。それに対してラーマは「あはは」と笑顔を見せるが、よくみるとこめかみにうっすら青筋が立っているのが目に入る。話を逸らした方が良いかも、と気になっていた魔術という物について問いかける。
「あ、あのラーマさん」
「む? どうかし──「小娘ごときがわたくしとラーマ様の会話を邪魔しようというの? 立場をわきまえなさい! あと様を付けずに呼ぶなど言語道断、ありえませんわ」
「あ、え? ご、ゴメンナサイ」
予想だにしてない人からの返答にびっくりしてカタコトみたいに喋ってしまった。それに様って敬称はよほどの人……いやでも王子様と言われても納得できるなぁ。
「ラーマさ……まは実は王子様だったりします?」
「……ああ」
「えっ」という驚きの言葉を呑み込む。ベットに座ったままにも関わらずよろめきそうになる。予想できていた事とはいえ、それでも衝撃を受ける。大丈夫かな不敬な事言ってないよね?
不安を抱えたのを見透かされたのだろうか王子は言葉を続ける。
「余に対する不敬は度が過ぎたもの以外
「あら、あなたどこの生まれですの? 赤子ですらラーマ様を知っていましてよ?」
そんな事言われても……ラーマ……ラーマってどこかで見たような。
──ふと昔のことを思い出す。
昼下がりの陽射しが照らす学校の教室。ご飯を食べ終わった後にコンビニの紅茶と共に優雅に本を読む■■の姿が見える。
「ねぇ■■、何読んでるの?」
「─────」
■■の声はぼくの耳には届かない。しかし、■■の言ったであろう言葉が自然と頭に浮かんでくる。
『ラーマヤナ』と、たしかにそう言っている。
「ラーマヤナ? なにそれ」
『インド神話の英雄ラーマの
「へーどういう内容なの?」
『自分で読んでみなよ、面白いよ』
「いやーいいよ」
『ゆりかは体動かす方が好きだもんね。えっとね、ラーマヤナは──』
──ラーマ王子が魔王ラーヴァナに連れ去られた王女シータを助けるために戦う物語だ。
目の前にいる人は数々の勇気を認められて神々の武器や秘儀を授かり、悪を討ち倒したインドの英雄ラーマその人という事なのだろうか? 確かにラーマ王子本人やシータという王女の名前で共通点はあるが……
ラーマヤナ読んでおけば良かったなぁ……と声がもれそうになる。もしここがラーマヤナに関係しているのであれば、あと確認ができる要素は魔王ラーヴァナだろうか。頭の中でぐるぐると考えを回す。集中力が切れてきた頃に周りの声が耳に入ってくる。
「っあ! ラーマ様がぁわたくしとの結婚を断るぅ理由がわかりましたぁ。まだぁ、会って間もないからですよねぇ! それならこの後お茶でも──」
「余の妻はシータただ一人、彼女以外は娶らないと言ったであろう? それにこの後はユリカ──この
そう言いラーマはこちらを見てくる。目配せなのだろうか、片目をまばたきよりはゆっくりと開閉する。ウィンクもカッコいいなぁ……じゃなかった、変な間が空かないうちに返答をしなきゃ。
「はい、ラーマさまと先程約束をしてました」
彼女は落ち込んだように声のトーンが下がる、がすぐに元気を取り戻したような声をあげる。
「そう……そうっ!なら──」
「故に其方とは残念ながらお茶を飲む時間もないのだ」
「そ、そういうこ──」
ぼくが喋ろうとすると彼女は言葉を遮るように声を放つ。
「ならぁなたを殺せばぁ、ラーマ様の予定がぁくわけねぇ?」
「は?」
今この人ぼくの言葉遮ってなんて言った? ぼくを殺せば予定が空くって嘘でしょ?
淑女らしからぬ発言を聞き、思わず思考が止まる。頭の中がはてなマークで埋め尽くされ言葉に詰まる。ただ一つ、解ることがある。
「死になさい、わたくしのために」
冷たい声で発せられるその言葉になんの
それほど大きくない部屋に破裂音に等しい轟音がとどろく。ドアの付近で話をしていたスルパナカーという女性は、まばたきをするよりも速くこちらへ近づいている。先程の轟音が彼女の踏み込みによる音だと気づくよりも前に淑女に、人間につかわしくない獣──否、悪魔のような爪が百合華の喉仏に到達する。
それと同時に、スルパナカーの背後より
あいれんの少女〜疑似創世マハーサンクラマン〜 後輩B @Kouhai_B
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