2話:刃がたたない

「うっ……ぁあ……」

 少し頭が痛い。痛み方的に頭痛というよりは硬いところに頭をぶつけたような痛み。

 目を開くと知らない天井が目につく。体は木製の固めなシングルベッドに横になっており正直全身痛い。

 自分に何があったのか少し思い出してみる。森を抜けたあと、町に入ろうとしたら急にぶっ倒れてしまった……ような記憶がある。倒れた後誰かに運ばれたのだろうか。謝辞しゃじをせねば。

 自分の今の状況を確認すると手狭な部屋には所狭しとベッドがいくつも置いてある。休憩を目的とした部屋なのか、よく見ると部屋にはボク以外にも寝ている人が数人おり少し寝苦しそうにしている。こんな固いベッドじゃ寝苦しいのも仕方ないわね。

 少し気怠さは残っておりもう少し惰眠を貪りたいところではあるが、グッと堪えて上体を起こす。頭が少々ぼーっとしているが軽く伸びをすればたちまち意識が覚醒し目もぱっちり開くようになる。

 よし、行こう。寝ている人もいるので声には出さずに頭の中で掛け声をかけベッドの左右をみる。靴はどこだろう……あと刀もない。ベッドの横に置いてある靴を見つけそのまま履いて立ち上がる。ベッドの周りを軽く探すが刀は見当たらないため、別の部屋に向かう。

 迷惑にならないよう足音をたてずにドアまで歩く。別にドアまでに障害が立ちはだかっている訳でもないのですぐにたどり着く。ドアノブに手をかけノブを捻って押し開けようとするがドアは固く閉ざされてひらかない。少し戸惑うが押してダメなら引いてみる、使いどころは違う気もするがその理論でノブを引くと難攻不落だった扉がいとも容易く陥落する。内開きか日本ではあまり見ないタイプのドアね。半開きになったドアを開き隣の部屋に入る。

 隣の部屋に入ると目につくのは部屋の真ん中にある机と隅っこの方にある暖炉、あとは棚があるくらいでここもほとんど物が置いてない。机では簡易的な甲冑を着た男性が椅子に座り、布のような物に何かを書いている様子で忙しそう。

 邪魔をしてはいけないなと思い、そのままスルーして先程通ったドアとは違う、もう一つのドアに向かう。構造上ドアを開けるためには忙しそうな男性の前を通らないといけないため視界に入ってしまうだろう。気にしないでもらいたいところだわ。

「おじょ……レディ、気がつきましたか」

「あ、あぁはい。ありがとうございます、気絶したところを運んで貰って」

「このくらい問題ないですよ。そうだ、あなたが持っていた剣こちらにありますよ」

 忙しそうにしていた男性はわざわざ書く手を止めて、椅子から立ち上がり刀を手渡してくれる。

「ありがとうございます。あ、あとそれと、可能ならで良いんですがはお──」

 羽織る物はないか。そう尋ねようとしたが急いだ様子でドアを開け放った別の人によって質問はかき消される。

「おい、大変だ!少し南の方で魔物が町に入り込んだらしい!」

「なんだと?まずいな……今ラーマ様は遠征に出られているのに」

「とにかく全員を叩き起こせ、ラーマ様が戻られるまで我々だけで被害を食い止めるしかない」

 先程書類仕事をしていた男は休憩室に入り、起きろーと大声で起こしているのが聞こえる。急いで入ってきた男性は他の人を呼ぶためか早足で部屋を出て別の場所へ向かってしまう。

 羽織る物ないか聞けなかったわね……いやそれより魔物が町に入って来たとか言っていた。四、五メートルもある壁を越えるなんて可能……な体長をしてたからあり得るのか。

 人手は多い方がいいよね、ボクも手伝おう。そう決めて刀を力強く握りしめる。


 外へ出ると見覚えのある門が右手にある。倒れる前に通った門だ。どの方向が南か考えていてもらちが明かない、走りながら探すしかなさそうね。一分も走らないうちに南の方向は予想がついた。蜂の巣をつついたような騒動で一方向から大勢の住民が走ってくる様子が見えたからだ。その様子から魔物が町へ侵入する事はかなり珍しいのだろうと予想がつく。

 ある程度進むと人波が少なくなっていく。それは原因の場所へ着いたと考えても良いだろう。眼前には森で矢に貫かれた生物の姿と同じ姿の体長六〜七メートルほどのヘビ型の魔物が三匹、各々が離れているのが見える。

 その内手前の一匹の真下に人が呆然と立ち尽くす。腰を抜かしたのか全く身動きが取れずにいて、今にも捕食されるだろう。まずい!こちらに注意を向けないと。鞘から刀を抜くき一番近くにいるヘビへ走り込む。

 ヘビの頭に近い部分、人間でいえば首に当たる部分へ飛びかかり斜めに斬り下ろす。いくら巨体でも頭と胴体が離れれば────

 だが、百合華の斬撃はヘビの首を切り落とすには至らない。それどころかグニュっと柔らかい感触を感じ、傷一つつける事が叶わなかった。

「んなっ!?」

 防がれた……というよりも通用しなかった一撃は弾かれるでもなく鱗に阻まれ動きを止める。重力によって体は地面まで引き戻される。その間に次の手を模索する。

 刃が通っていない、刺さってもいないから鱗が硬いと認識すべきか。ならまともに表面を斬ってもこちらが不利になるだけ……。表面が硬いなら内部を攻撃するのが定番だが上等策だろうか。

 無事に着地し、一、二歩下がりヘビを見据える。自分の数倍はある大きさの相手を目の前にし膝が震え、肩が強張り目を逸らしたくなる。だが、自分が戦うと決めたのだからこそ、そして町民を守るために逃げないと心に誓う。

 大蛇の目がこちらを捉え、続けて緩慢かんまんな動きで頭もこちらに向ける。チロリと舌を出し入れし、こちらを見据える大蛇の両目には怯えた少女だけがしっかりと映っている。「逃げてっ」叫ぶように言ったはずの声は、自分の声か疑うほどにか細く枯れていた。なんとか逃亡をうながすが、視線を大蛇から外す余裕はなく逃げ切れたのか確認はできない。着地の衝撃が残る足を引きずるように回避の体勢を取る。脚の幅を少し狭くする。こうすることで攻撃に反応して左右に速く動けるようになる。しかし途端に脚は痺れたかのように動かず、身体全体も思うように動かなくなる。汗だけが、こめかみを伝う。

 ヘビは動けないのを確認した後に、自らの大きい口を限界まで開く。大きく開き牙が現れた口は死の門と形容できるほどに巨大で残忍である。

 身じろぎ一つ満足にとる事ができない状況で目に見える死が迫ってくる。その状況は少女の心を容易く砕く。

「っぁ……しぬっ……」

 死にたくない、そう願えども生きるすべがない。生きたい、そう渇望かつぼうせども体は動かない。

 誰かに助けを求めたくとも誰も居ない。ここに居るのは食べ残しの残骸ざんがいだけ。その現実がさらに少女の心を抉る。

「たす……け……」

 助けを懇願する少女の頬は濡れ、少女の足元は数滴の粒の形に濡れている。それはヘビの口から垂れた唾液かそれとも少女の涙か。それを少女が判断するよりも前にヘビは動き出す。

 大きく開いた口で少女に覆いかぶさる。覆いかぶされば悲鳴を上げようが関係なく食される。本来ならそうなるだろう。


 だが現実はヘビは宙を舞い、少女はその場に立ち尽くす。少女の目には半透明の腕が映る。その腕は自分のものではない。

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