あいれんの少女〜疑似創世マハーサンクラマン〜

後輩B

序章:喪失

 見えているのは景色は目蓋の裏だろうか。深淵のように深く居心地の悪い真っ暗な空間で、身体がふわふわと浮いて風が吹けば簡単に飛んでいってしまいそうな感覚を覚える。鳥になったらこんな感じなんだろうか。そんな事を思いながら何が起こっているのかを確認するためにゆっくりと目を開く。


 先ほどの浮遊感とは裏腹に足裏は地面にしっかり接しており、重力もしっかりと感じる。そして周りの景色はいつもと変わらない平凡な高校への道のりであり、浮遊感もいつのまりやら消えてなくなっている。

「ゆりかーおはよー!」

 可憐で華奢な背丈の低い黒髪の──ボクの茶髪とは違い、吸い込まれそうな黒色をしている──少女が元気に抱きつきながら挨拶をしてくる。

「うん、おはよう。友恵ともえ

 さっきの浮遊感はなんだったのか疑問に思いながらも、ボクもその少女──友恵というボクより背の低い先輩──に挨拶を返す。

「ねぇねぇゆりか、近くに美味しいパンケーキ屋さんができたんだって、放課後行こー!」

 彼女はウキウキした様子で誘ってくる。よほどパンケーキが楽しみなのだろう。

「うん、行こう」

 えへへ、友恵とデートだ。いつもは凛々しくしてる顔つきが、危うくにやけ顔を晒してしまいそうだ。


 彼女と放課後にパンケーキを食べに行く約束をした、デートが楽しみすぎて鼓動が早くなるのを感じる。

 友恵がずっと抱きついてきているんだ、こんなに早くなっている鼓動を聞かれたら恥ずかしい。鼓動を落ち着かせようと、目を閉じ深呼吸をする。友恵が近くにいるのだ、きっといつものように彼女の甘い匂いが────しない。

 「友恵、シャンプー変えた?」

 目を閉じたまま尋ねる。匂いを嗅いでシャンプーを変えたか尋ねるというのは少し変態チックな発言のような気もするが同性だし問題ないだろう。

 しかし、いくら待っても返事が返ってこない。やっぱり今の質問まずかったのだろうか。嫌われたのではないのか。そんな焦燥感を覚え急いで謝ろうと目を開く。



「──ッ!?」

 ボクは目を開いた事を後悔する。

 再び目を開くと眼前には地獄のような景色が広がっている。綺麗な街並みは既に消え去っており。数十階もあるビルは2〜3階の部分でへし折られ、新築であったであろう家は焼け焦げて原型すら残っていない。清潔感のあり落ち着いた雰囲気があったお気に入りの喫茶店は窓ガラスが粉々に割れて店内は血にまみれていた。


 血が大気と混ざり合い、空気中に鉄の匂いが充満している。充満した血の匂いと人の肉が焼け焦げる匂いが混ざり合い鼻腔を刺激しする。吐き気と目眩がするほどの不快感を覚えて膝から崩れおちる。

 地面に座り込みコンクリートを眺める少女の瞳に燃える街並みが映る。それは周りを反射して赤焼け色染まる刀による物だ。その刀は赤焼け色の中に赤黒い、あたりに充満している物──乾いた血が付着した刀を手にしている。

 ボクの刀?なぜここにあるんだ?家に置いてあるはずなのに。もしかして、ボクがここの人たちを──

 ──いやそれよりも友恵を探さないと。ボクは彼女を守るって約束したんだから、今こそ守らなければ。使命感とも強迫概念とも取れる友恵を守るという事柄。その事だけに意識を向ける。


 刀を杖代わりにして力の入らない足腰を無理矢理立たせる。足は生まれたての小鹿のように震えるが、友恵のために自分を鼓舞し歩いて友恵を探す。

 数分歩き続けてもことごとく破壊されたビルや家の瓦礫。大量の血で汚されている地面に冷たく横たわる人々の姿しか見えず、生存者は見当たらない。上半身と下半身をサヨナラされた者、紙のように縦に引き裂かれた者や数人の人をまとめてミキサーにかけたように混ぜられた者達。そして、子供を抱え守ろうとして子供もろとも──皆例外なく、酷く怯えた表情をしながら冷たくなり地に伏している。


 数十分歩き続け吐き気と恐怖と絶望で頭がグチャグチャになり、ついに限界を迎えたのかバランスを崩して倒れてしまう。

 意識が朦朧としながらも友恵が生きている望みにかけて前に進み続けるため顔をあげる。顔を上げた先には数刻前に約束をした少女友恵が綺麗な地面に横たわっている。

「と……友恵?う……嘘でしょ?」

 彼女の脈を測ろうと、刀を捨てて這いつくばりながらも近づいて彼女の手を取る。

 しかし、脈を確認する必要も無いほどに彼女の手は既に青白くなり体全体が壊死して冷たくなっている。

「ぁ……いや……いやああああああああ」

 刀を捨てた少女の目から大粒の涙が流れ嗚咽おえつほとばしる。少女の右拳は何度も地面に叩きつけられる──何度も──何度も。

「お前のせいだッ!お前のせいでッ!」

 自分を壊すために何度も固い地面をたたく。叩いた掌外沿しょうがいえんから出血するが、痛みを感じ無いかのようにお構いなしに叩き続ける。掌外沿から血が吹き出し自分の血で真っ赤に染まった拳を可能な限り高く上げ、勢いよく振り下ろすがその拳が地面に到達する事はなく意識と共に体が底のない空間へ沈んでゆく。



三度みたび目を開くとそこは──森である。

 目の前では兎が呑気に飛び跳ねている。そういえば食事をまだ取っていないなと呑気な事を考えてしまうほどに物静かである。

「ここはどこだろう」

 ふとそんな言葉が口からもれる……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る