第1章:威風堂々
1話:嵐のような男
見渡す限り背の高い木と草しかなく、整備された道も獣道すら見当たらない。木々の間から木漏れ日が出しているが光源はその程度である。
なぜボク森にいるんだろうか。森に来る前の出来事を一つ一つ浮かべて順序よく並べる。朝にパンケーキを食べる約束をした。そして放課後になってから食べに行こうとして、そのあと……この森に居た。可能な限り前後の事を思い出そうとするが、綺麗な右手の指数本で数えられる程度しか浮かんで来ない。これ以上考えていても埒が明かないと判断し、直前の事を思い出すのは諦めてこれからの方針を考える事にする。
ひとまず状況確認を再確認しよう。そう思い立ち周りを見渡す。辺り一面が
第一案、運任せで森を歩く。これは無いだろう。運が良ければ森を出られるが一歩間違えば一生出られなくなる。
第二案、偶然人がここを通るまで待つ。悪くは無いが第一案と
第三案、木に登って周りを見てみる。うん、とりあえず行動を起こすならこれが良いかもしれない。運が良ければ町の方向がわかるかもしれないし、町が見えなくても森の終わりの方向が見えるだろう。
木に登る事に決め、近くの登りやすそうな木を探す。木を見つけた後に登りやすいよう邪魔な物を置こうと、ポケットを
なぜボクは刀を握ってる?いやそれよりもなぜ今まで
刀の存在を認知した事がトリガーとなったのか他の違和感に気がつく。服装は学校の制服なのだが身体のどこにも痛みは無いのにも関わらず服が
自分の服を意識していなかったためボロボロになっていたのに気がつかなかった。と考えればまだ説明はつく。だが手という触覚で握っている物に気がつかない……そんな事がありえるのだろうか。と頭の中でグルグルと回答を得ようとするが、霧を掴むような感覚を味わう。そもそも結論を出すには何もかもが足りないのだろう。そう結論付け、急に知らない場所へ来たから動揺しているのだろうと自分を言い聞かせて木に登るために刀を木に立てかけようとする。
──がその時、草を踏み荒らし走って近づいてくる足音が聞こえる。
すぐさま音のした方向を向く。左手で鞘を持つと汗で手が滑りそうになる。習った動作を再現するように素早く
居合の構えをしたまま限界まで集中する。もし仮に何が飛んで来ようと、何かが飛びかかって来ようともすぐさま刀を抜いて斬り伏せられるよう。
集中して音のした方を凝視していると、一瞬木々の隙間が光り、バンッと弓で矢を放つ破裂音に近い音が聞こえた。その光と音が発生したと同時に身体は反応する。素早く抜刀し刀を振りおろす。
──が刀身が斬ったのは
今の一矢でこちらの事を仕留める事は簡単だったが、それをしないという事は最初から敵対している訳ではない……だろう。そう判断し、振り返ると矢が射抜いたものと目が合う。射抜かれたものは百合華をいとも容易く丸呑みにできるであろうという巨大なサイズのヘビのような生物で、矢に頭を貫かれ木に刺さっている。
なんだろう?ヘビ?にしては大きすぎないか?体長10メートル近くはあるか……。そんな巨大なヘビに
「यह खतरनाक था, महिला」
矢が放たれた木の影から身長190cmもあろうかという巨体でよく鍛え上げられたであろうムキムキな体つきをした上半身裸の男性が大弓を片手に姿を表す。知らない言語を発しながら。
「え、えっと…何言ってるかわからないです……」
通じるわけがない日本語で理解不能な旨を伝える。伝わるわけないのに。
ムキムキな男性はボクの言葉を耳にした後少し考えた様子を見せた後、こちらへ近づきボクの
男性が何か呟いた直後細胞が破壊されるかのような激痛が走る。
「ッ──痛ッたぁぁ」
あまりの痛さに刀を落とし膝から崩れ落ちそうになるが、なんとか踏ん張りを利かせることが間に合った。
「これで俺の言葉がわかるだろ?」
先程の男性と同じ声で聞き慣れた言語が聞こえて来る。
「え?あ……はい。でも一体何を?」
血の巡りが良くなったような感覚を覚え、下がった頭をあげてしっかりと立ってから男に質問を投げかける。
「企業秘密だ」
男はいたずらっ子がいたずらに成功したい時のようにニヤリと笑いながらポンポンと──結構痛い強さで──ボクの肩を叩く。
「ま、強いて言うなら俺の加護だな」
「え、おじさんの加護とか要らな……」
──しまった、素で思った事を言ってしまった。これは怒りを買っても文句は言えないだろう。
男は相当ショックだったのか驚いた顔のまま固まる。ボクも言い過ぎたとは思う、自分でも流石に酷い。
──が、すぐに男は再起動し大笑いする。
「あっはっは、そうだよな、おっさんの加護とか嫌だよなァ?面白い女だ、ますます気に入った。名はなんと言う?」
なんか大層気に入られたご様子だ。
「えっと、
「アマミズユリカ?珍しー名前だな、この辺じゃ聞かねーな」
「おじ……あなたはなんとお呼びすれば?」
男は一瞬詰まってから名乗る。
「俺か?俺はそうさな……パシュパティだ、パシューとでも呼べ」
「はい、わかりましたパシューさん」
「パシューでいい、もっと砕けた喋り方で構わん」
「じゃあパシュー、何個か訊いても良い?」
「おう、良いぜ」
色々聞きたいことはあるがまずはコミニュケーションとして相手の事を聞くのが良いだろうか。ならまずは相手の職業とか聞いてみよう。
「パシューは何をしてる人なの?」
「何してるって曖昧だな。」
少し曖昧な質問をしたからか、パシューは少し悩んだ様子を見せた。
「まぁそうさな、今は狩人ってところか?」
狩人と。なるほど弓を持っているしこの森で狩りをしているのは確実だろう。ただこの木が多くて狭い場所で普通大弓を持つ物だろうか?でも、パシューが先ほど狩っていたヘビ?の大きさを考慮すると、必然とああも大きい弓が必要になるのだろう……か?
「なるほど?」
「女、お前は?」
「女って……さっき名前を名乗りましたよ」
「ああ、聞いた」
なんだこの人、暴君だろうか。別に呼び方は基本気にしない。あの呼び方以外は。でも女呼びはなんか……なんかなぁ。
「名前では呼んでくれないの?」
少女漫画なら効果音が入ってそうな発言だなと言ってから気がついた。でもまさかこんな人が読んでる事はないだろう。
「ああ、呼ばない」
この反応はきっと読んでない反応だろう。
「なぜか訊いても?」
「…………愛する妻以外の女の名前を呼びたくない」
な……なんて恥ずかしい発言を平然と。いや平然としてない、パシューの耳が少し赤くなってる。なんだ暴君じゃなくて純粋だったわけか。
ボクの中でパシューの好感度が爆上がりする。加護とか狩人とか色々怪しいが色んな意味で信用できそうな気がする。
「それじゃあ仕方ないか、女呼びでもいいや」
「ニヤつくんじゃねーよ」
おっと、ニヤついていたのか、失礼失礼。パシューは少し恥ずかしそうにしている。こんな巨体からは想像もできないような
「ここから1番近い町ってどこにある?」
我ながら滑稽な質問ではあるが重要な質問だ。これを訊かなきゃ状況は何も変わらない。
「俺の質問に答えてない……がまぁ良い。お前、迷った……というよりそもそも町の方向どころか場所を知らない言い方だな」
パシューは少し呆れた様子だ。おおよそ町の場所を知らずになんでこの森に居るんだって感じだろう。
「色々ありまして」
「まぁいい、町はあっちの方にある、このまままっすぐ進めば着くだろうよ」
パシューは指を指して方向を教えてくれる。方向を忘れないようにしっかりと記憶に刻み込む。
「ありがとう」
「なんてこたない」
最低限必要な情報は訊くことが叶った、町への方角さえわかればこの森からは出ることができるだろう。だからここからは気になる事を訊いていこう。そうして、訊きたい事柄をいくらか考えて取捨選択して優先順位を決める。
「あれ何ですか?」
後ろを振り返って木に刺さった矢に支えられてるヘビのような生き物に指を指す。
「お?ありゃ魔物だ、魔物も知らねーのか?」
魔物と聞くとゴブリンやそういったのを思い浮かべるのは日本人の
「魔物?じゃあゴブリンとかスライムとかもいるの?」
「あん?なんだそりゃ聞いたことねーな」
──居なかった。少し残念に思わなくもない。でもゴブリンとか居ないって事はギルドとかそういう施設的な──
「しまったッ!」
ボクが考え事をしているとパシューが急に声をあげる。正直びっくりした。
「わりぃ、今競争してるとこだったんだ。すまんもう行く、じゃあな」
「え、ちょっと待ってまだまだ聞きたい事があ──」
こちらの静止を一切無視し、手早く木に刺さったヘビを矢ごと引っこ抜いてヘビを持って森の奥に走っていく。
「あ、ああ。行っちゃった」
まるで嵐のような男だな。そんな感想を抱きながらパシューに教えてもらった方向を思い出す。刀を拾い上げて鞘にしまい、町があるらしい方向へ向かう。
道すがら。ふと、赤くなっていた可愛らしい所を見せたパシューの顔を思い出そうとするがぼんやりとモヤがかかったようにはっきりとした顔が思い出せない。
この森に来てから不思議な事が多く起こった。少し整理しながら森を進もう、幸いまっすぐ進めば良いらいし。
この森へ来た方法や手順は不明。あんな蛇がいたり魔物と呼ばれているあらり、そもそもこの世界がボクのいた地球かすら怪しい。
そして刀を手にしていた事……この事自体気づいていなかった。これも原因は不明。自分で思っている以上に動揺していた……が今のところの一番の可能性だろうか。
最後に愛妻家狩人パシュパティ……パシュー。狩人だとか加護とか色々怪しい。第一森であんな大弓を使うのは効率が悪い。つまり普通の狩りをしているわけでは無いのだろう。そう考えるとウサギとかを狩るのではなく、魔物をメインに狩りをしていると考えるのが良いのだろうか。
そうは言っても、考えるにしても情報が少なすぎて難しい……か。
そうやって考えを張り巡らせて数十分森をまっすぐ歩くと森を抜ける事ができ。視線の先には小さな門と三〜四メートルほどの壁が見える。
よかった、無事に町まで来れた。落ち着ける場所にたどり着けたからなのかとても安堵する。
遠目からみて門には門番二人が外で見張っている様子だ。出入りする人をほとんど確認をしてない所から怪しい人だけ検査したりするのだろう。と予想する。
ボクに怪しい要素は──身につけている服は
ボクは確信する。絶対職質されると。もしボクが門番をやっていてこんな
などと興奮気味に考えながらも歩みを止めず進んでいるとついに門前まで来てしまう。
ああ、どう受け答えしよう。などと考えていると案の定声をかけられる。
「お、ちょ、ちょっと!そこのお嬢ちゃん、大丈夫かい?」
「嬢ちゃん呼びは辞めてくださ──」
──しまった、条件反射で。
「え?あ、ああ。失礼しましたレディ」
幸いにも大人ぶりたい少女だと認識されたようだ。
「それでレディ、服が血塗れだが怪我は大丈夫なのかい?」
「はい、心配ありません」
「そうか。痛いところがあればすぐ治癒術師のところへ行くんだよ?」
ちゆじゅつし?医者じゃなくて術師……魔法的な何かがあるのだろうか?
「はい、ありがとうございます」
礼を言ってから歩みを再開し門を
久しく味わっていなかったわくわく感を楽しみながら歩みを進める。
門を抜け、町の雰囲気を目で見ようとした瞬間、体中の力が抜けるのを感じ目に映る景色が空高く飛んでいく。唐突に強烈な睡魔に襲われたように
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