妖怪のsay 三十と一夜の短篇49回

白川津 中々

 レジ袋の手持ち部分を引っ張ると綺麗に口が開くという摩訶不思議な実務的素敵知識を知ってからまったく買い物のストレスが減り毎日の苛立ち指数が減少傾向を見せる今日この頃である。

 これはweb時代においてますます衰退を続ける斜陽メディア筆頭のテレビバラエティから得た技で、番組内容は如何にもなオールドメディアだったがそれに反して役立つ情報をちゃんと発信するのは評価できる。ビニール袋を広げる手間は人生においてもっとも無駄な時間だ。それを排する事ができたのは大きい。


「やめてくれませんか。引っ張るの」


 突如の声。俺一人が住むお気楽なワンルームに謎の侵入者。何処の馬の骨だ。


「失礼。突然お邪魔してしまって申し訳ありません。私、レジ袋を開けにくくする妖怪です。はじめまして」


 丁寧に挨拶をされ手を出されたらこちらも応えるしかあるまい。


「どうも。いぶりがっこ連盟総書記です」


 こんな得体の知れない人間に本名など名乗ってたまるか。Twitterの副垢名で十分だ。


「どうも。それで雛三沢さん。先程も申し上げましたが、やめていただけませんか」


 本名を知られていた。腹が立つ。

 が、ここで取り乱しては人間の恥。スマートに事を進めよう。 


「ビニール袋の手持ち部分の事か?」


「はい。あれをやられると困るんですよ。仕事にならない」


「それは難儀だな」


「はい。このままだと、妙な物を冷蔵庫にいれる妖怪に鞘替えするしかなくなるんですよ。あれ、給料低いから嫌なんですよね」


「なるほど。妖怪もサラリーマンをやる時代か。世知辛いな。ちなみに今はいくら金もらっているんだ」


「はい。月30です。安月給ですよ」


「……ふぅん。そういえば、いい時計ウォッチを付けているな。デイトナか?」


「はい。賞与を頭金にして、分割払いで買ったんですよ。ベタですけど、無難でいいかなと」


「その賞与の額は?」


「はい。まぁ、年2回の6ヶ月分です。普通ですね」


「OK分かったありがとう」


 俺は妖怪とやらを引き摺り出して玄関に鍵をかけてそのまま寝た。何が月30だ。年2回の6ヶ月分だ。こちとら昇級賞与なしの手取り15万だ。馬鹿にするな。


 しかし、奴にも生活があるんだろうな……


 夢見る前にそんな憐憫を抱いたが、朝起きて冷蔵庫を開けるとテレビのリモコンが冷やされていたので同情は露と消えた。俺は冷蔵庫に南京錠をつける算段を立てながら水を飲み、憂鬱な朝を呪うのであった。

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