第6話 後輩女子が部屋に来た場合

 年明けから数日が経過し、正月の雰囲気も薄まってきたある日、大学の後輩が部屋に突撃してきた。


「ぴんぽーーん」


「いや、口で言うなよ、チャイムあるだろ。というか、部屋に入ってきてから言うなよ、せめて入る前にやれよ」


 実際に部屋に上げる前には電話がかかってきて『入れてくださーい!』と言われた。だから、チャイムあるだろ……


「新年一発目の明理あかりちゃんですよー!……はい、かわいいー!」


「まだなにも言ってないんだが……」


「もう、皆まで言わなくてもわかってますから」


「皆までというか、なんも言ってないだろ……」


 俺の部屋に来て早々、テンション高めのこいつは同じ大学のサークルの後輩女子B(第2話の登場人物)だ。

 年末に会ったときに、年明けに部屋に遊びに来る約束を強引に取り付けられ、今に至っている。


「あ、そうだ。まずは連絡しないとだった!」


「連絡?なんか用事あったのか?」


 そう言うと、どこかに電話を掛けはじめた。

 なんだ、用事があるならわざわざ今日、俺の部屋に来なくても……


「あ、もしもし。明理です。はい、着きましたー」


 電話口で誰かに俺の部屋に着いたことを報告してる?なんでそんなことを……


「はい、九十分コース、二万五千円ですね。わかりましたー」


「今すぐ帰れ!デリ○ルは呼んでねぇよ!」


「うちの店、チェンジとかできないんで困ります……」


「だから、デ○ヘルとして来てんじゃねぇよ!」


 部屋に着いて早々に、下ネタで遊んでくる明理。マジで追い返そうかな……


「わざわざスマホで、電話するフリまでしやがって」


「あ、これ、本当に電話してますよ?」


「どこに!?」


 明理がスマホを笑いながらこちらに近づけてくるので、仕方なく耳を澄ましてみると『てめぇ!男の部屋に来てるマウントとるために、わざわざ電話してきやがって!○す!マジで○ね!!』と、すごく物騒なことを叫んでいる女性の声が聞こえてきた。

 そしてこいつはメチャクチャ楽しそうに笑っている。うわぁ、こいつマジで性格悪いな……


「ケイちゃん、ごめんねー?間違えて掛けちゃった!」


 そう言って一方的に電話を切る明理。こいつ鬼か。


「おい、そんないたずらして大丈夫なのか?今の友達なんだろ?」


「全然大丈夫ですよー。今のケイちゃんって子は、この前自分が主催した合コンに、人数合わせで私を呼んだら、狙ってた男の子が私に言い寄ってきちゃって、合コンの後にめっちゃ愚痴を言ってきたんで、その仕返しです」


「やっぱり鬼じゃねぇか、お前……」


 俺は心の中で、顔も知らないケイちゃんに合掌しておいた。


「来て早々にふざけすぎだろ……まあとりあえず、適当に座ってろ。コーヒーでいいか?」


「はい、先輩のコーヒー好きなんで嬉しいです!」


「はいはい、ありがとよ」


 明理を適当にあしらってから、コーヒーを煎れるためキッチンに行く。

 ちなみに俺がいつも使っている豆は、バイト先のカフェで使用している物を、社員価格で安く購入させてもらっている。

 もとからコーヒーは好きでよく飲んでいたので、豆が安く買えるのは、学生の一人暮らしである俺には大変ありがたい。

 ケトルでお湯を沸かしているうちに豆を挽き、フィルターやカップを準備する。

 お湯が沸いたところで、慎重にドリップをしていると、さっきまで座っていたはずの明理が、いつの間にか隣に来ていた。ニコニコと嬉しそうな顔で、俺がコーヒーを煎れる様子を見てくる。


「なんだよ、別に初めて見る光景でもないんだから座ってろよ」


「そりゃー、先輩のバイト先で先輩がコーヒー煎れてる様子は何度も見てますけど、先輩がお部屋でコーヒー煎れてるっていうのがいいんじゃないですか!」


「コーヒー煎れてるのは一緒だろ。なにが違うんだか……」


「このなんとも言えない彼氏感!たまりませんよ!」


「なんかお前……キモいな」


「可愛い後輩に向かってなんてことを!?」


 コーヒーを煎れてる姿をそんなにジロジロ見られたら、悪口の一つも言いたたくもなる……決して照れ隠しではない。


「ほら、騒いでないでコーヒーできたから、お前の分は自分で持ってけ」


「はーい!」


 ソファーに移動して、とりあえず二人でコーヒーを飲む。

 無音というのも寂しいのでテレビもつけた。適当につけたチャンネルでは、芸人のロケ番組が放送されている。


「はーー……先輩が煎れてくれたコーヒー、美味しいです」


「……そいつはよかったな」


 どこか他人事のような返しをしてしまう……決して照れ隠しではない。


「どこか他人事のような返しをしてしまうのは、照れ隠しだと思います」


「だから人のモノローグを勝手に読むなよ!?」


 相変わらず、なんでこいつは俺の考えていることがわかるんだ?マジで怖いんだが。


「そんな怖いなんて言わないでくださいよー」


「言ってはいないんだけどな!?」


 頼むから、俺の思考と直接会話するのはやめてくれ……


「ところで先輩、ずっと気になってたんですけど……」


「な、なんだよ急に?」


「括弧、第二話の登場人物ってどういう意味ですか?」


「そこもわかってんの!?」


 そんな、俺ですらわかっていない(そういうことにしておいて)メタ的なところも、わかっているというのか!?怖い、怖すぎる……


「まあ、冗談はこのくらいにしておいて」


「本当に冗談なのかがわからない……怖い……」


 俺が明理への謎が深まるばかりで、軽く震えているのに、明理はお構いなしに喋りはじめてしまう。


「今日、先輩のお部屋にお邪魔した本題に入りますね。先輩もわかってるとは思いますけど、先輩のご家族へのご挨拶の日取りを決めましょう!」


「初耳すぎる!?」


「だって、私たちももうすぐで……一年くらい経ちますよ?」


「出会ってからはな!?なんで付き合ってる感じ出すんだよ、おい、頬を染めてるフリをすんな!」


 わざわざ冬休みに部屋を訪ねてきたから、なにか用事があるのかと思ったら、どうやら、ただ俺をいじって遊びたかっただけらしい……なんて暇なやつだ。


「だって、先輩前に高校生の妹がいるって話してたじゃないですか!私に紹介してくださいよ!私もJKとお近づきになりたい!」


「お前もまだ大学一年なんだから、JKとたいして変わんねぇだろうが!」


「だって私が制服着たら、もうコスプレなんですよ!」


「問題はそこじゃねぇだろ!?」


 結局こいつはなにが目的なんだ……また、いつもの冗談なのか?


「冗談は言ってないですよー。ちゃんと目的はあります」


「だからエスパーはやめろ!マジで怖いんだって!」


「私の目的は、年の近い妹さんから籠絡して、私がいかに先輩にとっていい女かを、妹さんからもおすすめしてもらうためです!」


「思ってた三倍はゲスい理由だな!?」


 そもそも、俺をいじって遊びたいってだけのこいつに、妹を紹介なんかしてたまるか。


「ねえ、先輩?」


「なんだよ、妹は紹介しないぞ」


「そうじゃなくて!ふざけちゃった私も悪いですけど、ここまでしてもまだ伝わりませんか?」


「だからな……にが……」


 明理からは、さっきまでのふざけた雰囲気はいつの間にかなくっていて、真剣な瞳で俺を見つめている。


「私、なんとも思っていない男の人の部屋に、簡単に入るような女じゃありませんよ?」


「いや、それは……」


「それに、先輩も、なんとも思っていない女の子を、簡単に部屋に上げるような人じゃないですよね?」


「…………」


 少なくとも俺は、この後輩のことを嫌ってはいない。たまに鬱陶しい絡みかたをしてくるときもあるけれど、と脳内で思っていたら『失礼な』とすぐ返された。純粋に怖い。

 だけど、憎からず思っていることは事実だ。恋愛的な意味か、妹に対するような感情なのかは、正直今はまだよくわかっていないけれど。


「そこは、恋愛的な意味で好きって断言してほしいところですけど……今は許してあげます」


 当たり前のように、俺の思考は筒抜けだ。当然だが滅茶苦茶恥ずかしい。


「いつか必ず恋愛的な意味で好きって言わせてみせますんで!」


「……そうかよ」


 俺はもうそれしか返せなかった。というかもうこれ、告白されたも同然じゃないか。なんか一度自覚してしまうと、恥ずかしさがかなりくるな……


「あと先輩、私って意外と古風な考え方なんです」


「なんだよ急に?」


 いきなり話の意図が全くわからなくなり、困惑している俺を無視して、明理は続ける。


「私の目標は、先輩と同じ名字を名乗ることですから!覚悟してくださいね!」


「なっ……」


三葉みつば明理から、志野原しのはら明理に、私はなる!」


 どこぞの海賊みたいな感じで、元気よくとんでもない宣言を交際すらしていない状態の後輩女子にされてしまい、内心動揺しまくっているが、それでも、どうしても言わなければならない思いを口にした。


「……なあ、明理」


「なんですか?……雄太ゆうた先輩」


「……だから、登場人物の名字とかは、最初に言っとかないとだろ……」


「…………すいません」

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