現代の錬金術師達
巽 有明
俺達の仕事と錬金術
「おはようございます」
俺は職場にいた先輩に挨拶をする。挨拶は大事、そんなことを言う少し面倒な先輩だった。
「……おーう、おはよう」
先輩は俺の顔も見ずにぼそり、と返事だけ返す。挨拶は大事じゃなかったのか。
その目線は1点に向けられていた。
モータが唸りを上げる。
回転し始める品物と、それへ向かう刃物。簡単に言うと旋盤ってやつだ。
先輩が扱う旋盤はもう30年以上前の年季の入ったものだが、今でも現役だ。
金属加工を行うこの町工場で俺が担当するのは別の工作機械だったが、仕事の流れで先輩と絡むことが多かった。
親子ほど年の離れているこの先輩は、俺のことを子供扱いしながらも、丁寧に仕事を教えてくれる良い人だった。
「見ろ。お前が『できるんですか?』なんてぬかした例の件。この通りだ」
そう言って先程まで削っていた品物を俺に見せてくる。最新の制御が付いた機械でやるような仕事だった。ウチの営業は先輩ができると言っても半信半疑で、昨日も先輩の仕事ぶりを見てソワソワしていた。
「あれで削ったんですか? どうやって?」
「分かんねーか。ココだよ、ココ」
俺の疑問に対し先輩は自分のこめかみを指差す。不敵な笑みを浮かべ、先輩は自慢を続ける。
「――加工ってのはな、日々研究なんだよ。頭使わなきゃ、進歩しねぇぞ?」
「はぁ。というより、今始業前ですよね? なんだってこんな時間にまで」
会社の始業時間は8時で、今は7時を過ぎたあたり。昨日帰り際に見たときはまだ加工すらしていなかったから――いつから作業してたんだ? この先輩。
「実験するのにいつなんて関係ねぇよ。夢ン中で思いついて今来てやった所だ」
こんな先輩でも一応は偉い人で、工場の戸締まりをするための鍵を持っていた。どちらかというと勝手に作業するための気がするが。
「お前さん、前は別の仕事だったんだよな?」
「はい。……とはいってもフリーターですが」
「流石に1年もやってりゃ、そろそろこの仕事も慣れてきただろう」
「まぁ、そうですね」
就職活動に疲れ、俺は大学卒業後バイト生活をしていたが、それから半年ほど過ぎた辺りにこの会社に就職した。
求人サイトの妙なキャッチコピーを見てこの会社に連絡をとってしまった。
――現代の錬金術師になってみませんか?
どう見ても小さな町工場から想像できない奇天烈極まりないキャッチコピーを見て、興味本位で応募してまったことを若干後悔している。社員として採用してくれたのは有り難いのだが。
「――あれな。俺が何となくで言ったやつだ」
「はい?」
「社内で話が出たんだよ。求人のキャッチコピーを考えてくれって」
先輩の言葉に耳を疑う。
「駅でたまたま見かけて、な。最近流行ってんだろ? 錬金術」
「それって、投資とか漫画とかの話ですよね?」
おそらく先輩が見たのはその手の本か広告の類だろう。決して製造業に似つかわしいとは思えないフレーズだ。
「そうか? 俺は大体あってると思うぞ」
「そうですか?」
「錬金術ってのは、卑金属――鉄や銅を金に変えることだろ」
「確か、そうらしいですよね」
俺にもファンタジー漫画程度の知識しかない。
「なら、ウチの仕事もこれだろう」
「はい?」
先輩の意図が伝わらない。
「鋼を削って
「……随分とトンチのきいた話ですね」
同意しかねる。そう言いたかったがここは先輩を立てておくことにした。
「まぁ、いいじゃねぇか。それで新人が来たんだ。お前さんみたいな」
先輩の言葉に俺は苦笑した。実際ホイホイと乗せられてこの会社へ来たことには言い訳できなかった。
「それに、金を得るために日々試行錯誤してる点は変わんねぇしな」
「……あ」
先輩はあれこれ試すことに対して、実験とか研究という言い回しを好んで用いていた。それがあのキャッチコピーに繋がったのだろうか。
ぽつぽつと先輩たちが顔を出してくる。
「おはようございます」
俺は先輩へと挨拶をする。
「うっす。今日も元気か? 錬金術師クン?」
「ええ、まぁ」
「あれ!? 前は嫌がってただろその話?」
1年経ったにも関わらず、例の求人で入社したことをネタにしてくる先輩たちに若干嫌気があったものの、何故か今日はそんな気がしなかった。
現代の錬金術師達 巽 有明 @kinjoutomo
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