第8話 僕、バフォメットの肝を食べる
「フォッフォ。さあ、座るといい」
その会食の場は、小さいながらも僕には不似合いな場となっていた。
一階の酒場にもあるような丸いテーブルに、所狭しと料理が乗っている。
食器やコップ以外は、ほとんど料理というありさまだ。
「これは……すごいな」
アスラさんの口が開いている。僕も驚きを隠せていない。
ともかく席につくと、メイドさんが飲み物を聞いてきた。
「え、えと……ぶどう酒で」
「同じく」
遠慮がちに言うと、すぐにコップへと飲み物が注がれる。
リアクションとかを考えるまもなく、ギルド長が短く告げた。
「乾杯」
「か、かんぱい、です」
「乾杯だ」
軽くコップを打ち付け合い。すぐさま料理に手を伸ばす。
はっきり言えばごちそうだった。
機会を逃したくなくて、ついつい食い意地を張ってしまう。
ふと横を見る。アスラさんも同じ状態だった。
一息に食べていたのだろう。食べ物で頬が膨らんでいる。
かわいい。僕は素直に、そう思ってしまった。
「フォフォ、食べ続けとるところにすまんの。よーやくメインデッシュじゃ」
食事があらかた減った頃、不意に長が声を上げた。
同時に料理が運ばれてくる。
バフォメットの肝がよく焼かれ、食欲を煽るソースが掛かっていた。
「例の肝がの。ようやく仕上がった。魔力溜まりはここじゃな」
「……はい」
一口大に切られた肝の内、一つ大きいものを長が指で示した。
僕は覚悟を決め、口に運ぶ。
「んぐぅ……!」
まずソースの濃い味がした後、口の中に痛いほどの刺激が広がった。
唇が弾け飛びそうなエネルギーの刺激に、呼吸ができない。
「ホッホ。特殊な調理法で魔力は落とさずに仕上げたからの。並の調理では魔力が抜けてどうにもならん。お嬢さんなら、わかるじゃろ?」
「……」
魔力の刺激に混乱している僕には、指名されたアスラさんの反応は見えなかった。
「まあよい。魔力の滞りをなくす方法は二つある。一つは刺激によってほぐすこと。もう一つは」
「んー! んんんんんん!」
「耐えろ、あと少しだ」
こみ上げるエネルギーを飲み込む。全身がピクピクと震える。
魔力が身体を駆け巡っていく。
「大量の魔力で押し広げ、決壊させること、じゃ」
「むぐーっ!」
長の発言の最後に、僕の身体が弾けるような感覚を覚えた。
「かはぁ!」
ようやく吐き出した息と一緒に、魔力がこぼれる。
身体は小刻みに震えていた。
「ほほ。定着にはちぃと掛かりそうじゃが……。ラゼルくん、姿勢を整えるといい」
「あ、あ……あい」
言われるがままに座り直す。口が痛み、言葉がうまく出なかった。
「賓客扱いにし、この部屋に呼び寄せたのは。歓待もあるがそれだけではない」
「はい」
「クロノスとは時間と進歩の神じゃ。転じて冒険者の間でも信仰する者が多い。冒険とは進歩じゃからの」
「存じております」
「その愛し子ともなれば……あとは分かるな?」
老人の目が一段鋭くなり、僕はその意味を悟った。
そうだ。この人はギルドの長なのだ。
つまり。
「うむ。当ギルドの利益のみ考えるのなら。ラゼルくんを担ぎ上げるのが一番早い」
「だろうな。ラゼルを上級の冒険者に認定し、囲い込む。それだけでギルド間で優位に立てるだろう」
僕はつばを飲んだ。
そうだ。確かに冒険者ギルドはつながっている。
だけど序列とか、そういう格差はある。
「そうじゃの。おそらく、全ギルドのトップにも立てるじゃろうて」
ホホ、と長が笑う。だけど次の瞬間、真顔になった。
「ナメるな。ワシは、神の愛し子を無闇に潰したくないぞ」
「ほう?」
「人は愚かじゃ。そしてラゼルくんは決して強くない。そのような持ち上げ方をされれば妬まれ、恨まれ。やがては本人も壊れてしまうぞい」
真顔だった老人の顔が、一気にゆるんだ。
「え、えと……?」
急な展開についていけず、僕は口を開いた。
つまりどういうことなのか。
「ラゼルくん、旅に出るのじゃ」
「はい?」
「旅に出て己を磨き、スキルを磨き、世界を広げるのじゃ。そうした行為の先に、未来が広がっておる」
はあ、と間の抜けた答えを返す僕。
しかし、アスラさんにも肩を叩かれた。
「なんだ、ちょうどいいではないか。ダンジョンで私が言った言葉を覚えているか?」
「えと……」
「『叩き直してやる』と言ったろう。せっかくの勧めだ、乗って損はないと思うぞ」
僕は考える。考えるが、すでに結論は出ている気がした。
持ち上げられて、潰れるくらいなら。
「わかりました。旅に出ます」
「おお!」
「その返事を待っていた」
老人が、アスラさんが、声を上げた。
長はテーブルから立ち、金庫から袋を二つ取り出した。
「前祝い込みの報奨金じゃ。不良冒険者の報告に、ダンジョンの新情報。多少弾んでも、バチは当たらんじゃろうて」
「わ、わ」
もらったことのない額を思わせる重みに、僕は慌てる。
一方、アスラさんは平然と受け取っていた。
手慣れていると、僕は思った。
「今宵はここまで。もう暗いし、明朝旅立てばよかろうて」
ホッホッホと笑いながら、老人はまた姿を消した。
メイドさんに背中を押されて、僕たちは部屋を出る。
その先の記憶はほとんどない。
どこか夢心地のまま、僕は眠りについた。
***
翌朝、再びギルド長室。
「装備は揃えたかの?」
「報酬がすごかったので、皮の防具から卒業できました」
「私は使い慣れた武具のほうがいい。悪いが、道中の資金として使わせていただく」
「フォフォ。構わんぞ。さあ、転移陣に乗りなされ」
長にうながされ、僕たちは絨毯の上に描かれた陣に乗る。
これを使うと、場所を指定して人を移動させられるという。
なんという便利さだ。
「どこへ行きなさる」
「最寄りは、西へ三日のフナーラだったか」
「そうじゃの。お望みなら、近くまで飛ばすのじゃが」
「結構。この街の外れ、人気のない場所で十分だ」
「承知」
僕たちの周囲に、光の壁が生まれる。
長が杖を構え、地面を一突き。
それだけで僕たちの前から長たちが消えて。
次の瞬間には木々や緑、街道の景色が広がっていた。
どうやら上手いこと人気のない場所に立てたらしい。
「さすがだな。では、行こうか」
「はい」
地図を広げ、道を確認する。
僕の旅路が、今始まった。
――――――
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ヒールですか? いいえ、ロールバックです~ヒールしかできない僕、実はユニークスキル持ちだったので敵を翻弄します~ 南雲麗 @nagumo_rei
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