第7話 僕、アスラさんのドレス姿を見る

 結論から言えば、報告は順調だった。

 必要なのはダンジョンにおけるオトリの事案と、バフォメット出現の報告。

 さっくり言えば今日起きたことを大まかに説明するだけだ。


「以上、証人としての補足を終了します。もしも必要であればバフォメットより得た証拠の品……肝の方をお見せいたしますが」

「フォッフォ。品なぞなくとも、面だけでわかるぞい。おまえさんは信用できる」


 老人の目が光り、アスラさんが少したじろぐ。

 長は掛けていた椅子から立ち上がり、机を回ってこちらにやって来た。

 腰は曲がっても、歩き方はしっかりとしていた。


「ダン・ミシェリの件は各所に廻り状を出すからいいが、問題はラゼル、おまえさんじゃよ」

「い、イテッ、痛っ」


 どこからか取り出した杖で、身体のそこかしこをつつかれる。

 しかもこれが絶妙に痛い。


「ふむふむ。魔力の循環が滞っておるの。まあ、これはたいていの人間がそういうものじゃが。しかし愛し子ともなればそうもいかん」

「あうっ、つぁっ」


 ジタバタする僕をかいくぐり、杖で突くのを止めない老人。

 しかし途中から、身体がじんわりと熱くなってきた。


「っ……あ?」

「うむ。ちぃとは効いたようじゃな。アスラ嬢。肝を預かるぞえ」

「え?」

「くふ。ここのギルドは宿を併設してるから、その血生臭さを落として来るとよいのじゃ」


 フォッフォッフォと笑いながら、老人は肝を持ってまた消える。

 とたんに下から騒がしい声。まさか、肝を料理にするのだろうか。

 それにしても身体が熱い。一度部屋に戻りたいけど。


「ひとまず、僕はここに拠点を置いていたので問題ありませんが。アスラさんはどうします?」

「それにつきましてはわたくしが」


 アスラさんはほっとけない。

 そう思って彼女に話しかけた矢先、現れたのはさっきの女性。

 年は若く見えるが、目の光が強い。見た目以上に実力がありそうだ。


「ギルド長よりお二人のお世話を言付かっております。お二人は今宵、ギルド長の賓客となりますので、悪しからず」

「んな!?」

「はい?」


 これには二人して驚いた。

 いくら不祥事を持ち込んだとはいえ、普通の対応じゃない。

 しかしこの反応は予期されていたらしく。


「ああいえ、ギルド長の気分といいますか。『よくぞ知らせてくれた』というのと、『神の愛し子への歓待』というのが趣旨になります。特に無礼な冒険者は減りませんでして」

「ああ、なるほど。立場をかさにきたりとか」

「旅から旅へと歩んできたが、冒険者は便利屋にも等しいからな。半ば荒くれとなっている連中も多く見た。廻り状という共有システムがあっても、なかなか届け出る者は多くない」

「それなんですよ。お二人には感謝しなくてはなりません」


 なるほど、と僕はうなずいた。

 冒険者というのは、腕っぷしとスキルが物を言うことが多い。

 いくらギルドが管理していようと、大小トラブルは絶えないという。

 とくに女性ともなれば。


「という訳でして……」

「なっ!?」


 アスラさんが驚きの顔を見せる。

 僕が顔を向ければ、彼女の背後にメイド服。

 完全にバックを取っているではないか。


「アスラ様はわたくしが念入りに綺麗にして差し上げます。いかに冒険者でも、清潔さは大事でしてよ?」

「おいラゼル、止めてくれ」

「アスラさんの背後を取れるのに、僕が勝てると思いますか?」


 うん。勝てるわけがない。

 アスラさんの表情が険しくなる。だけど僕だって命が大事だ。


「ラゼル様のお荷物はすでに今宵のお部屋に移してございます。ささ、ご一緒に」

「お、おい。ラゼル、助けろ!」

「ダメです」

「オイ、薄情な! 命を救ったのは誰だと」

「せっかく拾った命が、消えそうなので」


 そうして僕たちはメイドさんに案内される。

 なおアスラさんは、部屋に入る寸前まで抵抗を続けたのだった。


 ***


 と、まあ。そんなこんなで。


 僕たちは汗を落として用意された服に着替えて。

 もう一度ギルド長の部屋に行くことになったのだが。


「なぜ目をそらす。こっちを見ろ」

「無理です……」


 アスラさんの姿が、僕の目には毒すぎる。

 派手ではないが、仕立ての良いドレスタイプの服。

 締まるところは締まって、出るところは出る。

 というか、はっきり言うと胸が大きい。


「動きにくいから普段は押さえつけているのだ。あのメイドめ……」


 アスラさんがブツブツとぼやく。

 ああ、妙に隣の部屋から叫び声が聞こえると思ったら。

 ドレスはアスラさんの趣味ではないと。


「戦いには向かない。裾が長い。足がもつれる。髪もまとめ上げられて、きゅうくつだ」

「なるほど……」


 僕はなんとなく理解できる気がした。

 ちなみに僕も、そこそこいい感じの服装にされている。

 サイズはちょっとだけ無理したけれど。


「貴様は……まあそれなりか」

「失礼。遅くなりました」


 若干ムッとなるセリフの直後、栗色髪のメイドさんがまたしても現れた。

 この人、いったい何者なのだろう。


「ギルド長は中でお待ちです。お入りを」


 ドアが開けられ、いま一度部屋へと入る。


「フォッフォ。ようこそ」


 そこには小さな会食の場が整えられ、上座の席には笑顔の長が座っていた。

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