第6話 幕間・ダンの末路

 戦士ダンは絶望していた。

 貴重な犠牲を払って仲間とたどり着いたボスの地には、見知らぬ山羊頭がいた。


「こんなの聞いてない……」


 パーティーのうちの、誰かが言った。

 ダンも同じことを言いたかった。攻略の前に、念入りに調査したはずだった。

 なのに、なぜ。


『姑息な冒険者どもよ……覚悟しろ』


 山羊頭が口を開き、ダンは確信した。

 今から始まるのは血湧き肉躍るボスとの死闘ではない。

 己の縄張りに侵入されたケモノによる、蹂躙と滅殺である。


「みんな、散らばれ……」


 散開を指示したダンの目の前で、四方八方から魔法陣が展開された。


 ***


「あ、あ……」

『我の住む地に対して、ふざけた攻略をするからこうなる。恥を知れ』


 絶望的な戦いの果てに、ダンは膝をついた。ほとんど瞬殺に等しかった。

 四人の仲間は全員が倒れた。おそらく蘇生もかなわないだろう。


 否。ダンはすでに彼らを切り捨てていた。

 自分だけが生き残る方法を、必死に考えていた。


 この山羊頭……バフォメットが、手を緩めてくれるとは思えない。

 ならばふところに仕込んだ脱出用のアイテムを起動させるか。

 ダメだ。見つかったとたんに捕まる。


 ああ、なぜだ。なぜ自分がこのような目に。

 モンスターが多いという定評のあるダンジョン。その攻略法を暴いただけなのに。


 適当にヒーラーを雇い、言葉巧みにその気にさせ、トラップを踏ませた。

 その時、ダンは勝利を確信した。

 仲間とともに、ビッグな冒険者になれると信じていた。


「なぜだ! なぜこうなった! ありえない! このダン・ミシェリがなぜ! 仲間と信じていた連中は盾にもなれない! むしろあのポンコツヒーラーのほうが仕事をしたぐらいだ! 俺は、俺はこんなところで死ぬためなんかに生きたんじゃない!」


 ダンの心が、ぷつりと切れた。

 仲間をののしり、生を渇望する。

 独りよがりの言葉を吐き捨てる。


『うるさい』

「ぐああああああっ!」


 バフォメットの足に蹴り飛ばされる。

 何度も転がって、ダンジョンの壁にぶつかって止まる。

 兜が落ち、頭にも傷を負った。骨も折れていることだろう。


『仕留める。せめて苦しまぬよう、一瞬で消し炭にしてやろう』


 バフォメットが静かに両腕を広げる。ダンはぼうぜんと見ていた。

 それでも、生きたいと思っていた。

 頬には涙がつたい、口は小刻みに命乞いの言葉を吐き出していた。


「い、いやだ。しにたくない。おれは、おれはこ、こんなところ、で……」


 魔法陣が複数展開される。確実に殺すと言わんばかりに、稲妻が走り出す。

 ダンには自分が処刑されるさまがくっきりと見えていた。

 だがほんの一瞬。全てが静止した。


「あ?」


 ぐちゃぐちゃの顔のままに、ダンは上ずった声を上げた。

 彼の耳にのみ、啓示めいて声が響いた。


「クロノスの気配がしたからのぞいてみれば。これはまた有望なグズ人間じゃない」

「な、なんだお前は? いや、助けてくれ! この状況がどうにかなるのなら、どうなってもいい!」

「どうなってもいいの?」

「かまわん!」


 ダンはすがりつく。自分が生き延びられるなら、なにもかもがどうでもよかった。

 ダン・ミシェリとは、一皮むけばそういう男だった。


「ふふ。じゃあ少しだけ手を貸してあげるわ。脱出用の道具は隠し玉にしてるみたいだし、身体を直せばよさそうね?」


 声の直後、ダンは言葉を失った。

 みるみるうちに身体が元へと戻っていく。

 今ならなんでもできる気がした。素早く次の手を打つ。


「転移の宝玉……ハァッ!」


 貴重なアイテムでもったいないが、命よりは安い。

 宝玉は光を放つ。光の向こうに、ダンジョンから離れた岩陰が見える。

 ダンは光に飛び込み、虐殺の場から姿を消した。


 ダンはまだ知らない。

 自分に目をつけたのは、この世すべての敵と言ってもいい存在であることを。

 そんな存在が自分を助けたのは、己の依代(よりしろ)にするためであることを。


 彼の末路は、始まったばかりだった。


 *****



 *****


 バフォメットを退けたあとは、まったく順調だった。

 サフォークの街へと戻った僕たちは、急ぎ足でギルドへ向かい、届けを出した。

 ギルドの長への面会願い。僕をオトリにしたダンの行為は、契約違反だ。


 ダンの姿は、見る限りどこにもない。

 どうにか先にたどり着けたらしい。


「まあ、奴はここには来ないだろうよ」

「なんでわかるんですか。僕にだまされたと訴えて、しれっと居座ることもできたでしょうに」


 ギルド長の部屋の前、僕たちは言葉をかわす。

 木造二階建ての二階のさらに奥、日当たりは良いが人の気配はなかった。


「プライドだ。ダンは貴様をオトリにするようなズルい手段を使う男だ。そんな奴が、『バフォメットにパーティーを蹂躙された!』などとギルドの面々の前で言えると思うか?」

「……」


 僕は思い出す。

 そういえば奴は、パーティーの連中にやたらと持ち上げられていた。

 そうやって、自分を保っていたのかもしれない。


「そういう男は、化けの皮がはがれるとあっさり逃げ出す。自分への評価が下がることが、耐えられないのだ」


 なるほどとうなずいたところで、部屋の扉が開いた。

 出て来たのは、栗色髪のメイドだった。


「ギルド長の手が空きました。どうぞ」

「失礼する」

「失礼します」

 

 僕は慎重に、アスラさんは平然と。

 ギルド長の部屋に入っていく。


「……広い上に、物も豪華ですね」

「ギルドの長だぞ? 殺風景な部屋などにいたら、色々と疑われる」

「なるほど。そういえば着替えても」

「急ぎの報告だ。このくらいのほうがいい」

「そうじゃの。お嬢さんの言うことは正しいぞい」


 机の向こうに、突然老人が現れた。

 白いアゴヒゲを伸ばした、人の良さそうなかおである。


「フォッフォ。待たせたの。転移スキルでかっ飛んで来たぞい」


 髪は白く後ろへ伸び、腰は少し曲がっている。

 しかし雰囲気にゆるみはない。

 僕もアスラさんも、いつの間にか姿勢を正していた。


「フォフォ。どうも若い者はすぐにかしこまっていかん。楽にするといい。それから話を聞かせとくれ」


 カラリと笑う長にうながされ、僕たちはいきさつを語り始めた。

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