そして、恋をしる

スピンオフおよび姫氏原碧を応援してくださったお礼に、本編完結後の碧たちの様子をお届けします。

【本編最終話↓】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893337449/episodes/1177354054898092064




 ゴトンゴトン、と電車の揺れが伝わってくる。

 束の間ウトウトしていた比嘉のぶ子はふと目を覚ました。隣に座る碧の肩に寄りかかっていたことに気づいて「すみませんっ」と体を起こす。


「気にすることはない。幸いにして乗客も少ないし、なかなか可愛らしい寝顔だったぞ」


「ちょっからかわないでくださいよ~」


「ふふ、のぶ子は本当に正直だな。顔が赤いぞ」


 口元に手を当てて笑う碧はいつも通り、元気そうに見える。

 けれどのぶ子には無理をしていることが分かっていた。長年想い続けた相手に「ごめん」と告げられたのだ、胸が張り裂けんばかりの苦しみを隠しているのだろう。


「良かったんですか……、姫」


「――……」


 無言のまま顎を上げ、流れていく車窓の風景に目をやった。

 時速数十キロの速さで想い人から離れていく電車。今度この景色を見るのはいつになるだろう。あるいはもう二度と……。




「のぶ子、向こうに帰ったら、頼みがある」




 そう告げて後ろから髪を引き寄せて手のひらで包み込んだ。




 ――『おれ、髪の長い女の子が好きなんだ』




 あの日から伸ばし続けた大切な髪を愛おしそうに撫でる。


「向こうに帰ったら、わたしの髪を切ってくれないだろうか」


「……!!」


 のぶ子は口を覆った。スン、と鼻をすするのと同時にたちまち涙があふれてくる。


「泣くな、のぶ子」


「だって……だって……」


 ぼろぼろと涙をこぼすのぶ子がなんだか愛おしくて、つい手を伸ばして目尻を拭ってしまった。


「今時失恋して髪を切るなんて流行らないと分かっているが、心に折り合いをつけるためには必要な儀式もあると思う。どうせなら、いちばん近くでわたしのことを見ていてくれたのぶ子に切って欲しいんだ。どうか、お願いできないだろうか……」


「姫――!」


 感極まったのぶ子がぎゅっと抱きしめてくる。

 そこで初めて自分が泣いていることに気づいた。いつの間に。

 ぽろぽろと涙を流して、これではまるでのぶ子とお揃いではないか。


「うっく、まかせてくだしゃい、姫ならどんな髪型でもひくっ、似合いますよ。もっとキレイになって佑人あいつを後悔させてやりましょう、姫ぇ……」


 嗚咽交じりでなにを言っているのかサッパリだ。

 おかしくて、悲しくて、もうめちゃくちゃ。


「ありがとう、のぶ子。そもそもわたしは『姫』と呼ばれるほどの美貌も器量も知識もないのだが『姫』と呼ばれるのはキライではなかった。あだ名で呼び合う親友のようでうれしかった、本当だぞ」


「ウチもれす。姫のこと大しゅきで、いつもいっちゅも尊敬してましたっ」


「「「姫、わたしたちもです」」」


 手伝いについてきた女子生徒たちも集まってきて、みんなで泣いた。




『――ヒマそうだな、一緒にバスケやらね?』




 すべてはあの言葉。

 あの言葉があったからバスケの楽しさを知り、こうして一緒に泣いてくれる仲間ができたのだ。



(佑人、ありがとう。出会えて良かった。おまえが繋いでくれたバスケの縁を、わたしは決して放さない。――いいだろう?)



 甘酸っぱい恋と切ない失恋を経験した姫氏原碧はこれからますます強くなるに違いない。




 おわり。ありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【スピンオフ】そして姫氏原碧は恋を知る せりざわ。 @seri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ