ハダカの付き合い

★本編を読んだ上でお読みください。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893337449/episodes/1177354054897641913



 青嵐高校自慢の湯は天然温泉である。

 ヒノキを贅沢に使った湯船は二十人ほどがゆったり入れる広さだが、いまは緋色と碧、ふたりしかいない。


「ぅあーいいお湯ですねー♪」


 先に髪を洗い終えた緋色は白濁したお湯に手足をさらしながら一息ついた。

 シャワーで汗を流した碧もそこに合流する。


「近くにある源泉を引いてきているんだ。スポーツには生傷が絶えないから助かっている」


「さすが私立ですね。うちの学校にも欲しいけど予算がなぁ」


 濡れた髪をなでる緋色。傷ひとつない艶やかな体が羨ましく思えた。

 長らくバスケをやってきた自分は生傷だらけ。相手選手とのぶつかりあい、床や壁への衝突、突き指など。肩幅や腕の太さも緋色に比べると悲しくなる。


 だからこそ佑人は女性らしい彼女を好きなのかもしれない。


「緋色、先ほどはありがとう」


「え?」


「あんな一方的な勝負を受けるギリはなかっただろうに、わたしの顔を立ててくれたんだろう?」


 冷静になってみればバカバカしいことだが、勝てば佑人とデーティングできると本気で思っていた。本人の意見もきかずに一方的に押しきって……まるで自分が自分ではないみたいだった。


 最後の一投は頭に血がのぼった碧に冷や水を浴びせかけるようなものだっだ。

 「こんなバスケが楽しいか?」と。


「……そんなんじゃないですよ、なんとなく流れっていうか勢いっていうか。それに私もあの勝負がなければ自分の気持ちを曖昧にしたままだったかも知れません。ひと君に向き合うのを避けて、生ぬるい関係でいたかもしれない。感謝するのはこっちの方です」


 緋色は――佑人が好きな女性は恥ずかしそうに下を向いた。

 髪から流れ落ちた水滴が豊満な胸をすべりおちる。


「私、ひと君といると居心地がいいんです。なにをしても許してくれるし、あたたかく包んでくれる。どうしてこんなに優しんだろうっていつも不思議でした。好きだからといって相手のすべてを許せるわけないのに、ひと君はいっつも笑ってくれる。――私なんかには、眩しくて、時々、つらくなりました」


「佑人は昔からそうだ。他の子どもたちに馴染めずひとりだったわたしに話しかけてくれたんだ」


「そうですよね。ひと君はまっすぐで」


「お人よしだ」


「いつも一所懸命で」


「時々テンパる」


「それでもバスケをするときはいつも楽しそうで」


「こちらが驚くくらい真剣な目をする」


 「褒めてるんだか悪口なんだか」と互いに笑いあった。



 湯舟を出て髪を洗おうとすると緋色が手伝いを申し出たので任せることにした。

 ゴムでまとめていた髪をほどき、たっぷりの泡で丁寧に地肌を包んでいく。気持ちがいい。


「姫氏原さんの髪ってほんとうにキレイですよね。お手入れ大変でしょう」


「もう慣れた。むかし佑人が髪の長い女性が好きだというから伸ばし始めたんだ」


「そうなん……ですか。あ、前髪を洗うので目を閉じていてください」


 丁寧な指使いで頭皮が刺激される。

 気持ちいい、と体が震えた。


「手慣れたものだな」


「じつは私も髪ずっと伸ばしていたんです。一年くらい前に切っちゃいましたけど」


「切った? 邪魔になったのか?」


「いいえ。長い黒髪が気持ち悪いとゆーくんに言われたので思いきって染めてみたんです。ただ髪質にあわなかったみたいでひどく毛先が傷んでしまって。――あ、ゆーくんは月波の生徒会長のことです。初めて会ったときには姫氏原さんにご迷惑をおかけしてすみませんでした」


 思い出したのは初めて月波を訪れた際、馴れ馴れしく髪に触れてきた男だ。

 緋色が好きな相手だという噂。


「その男と付き合っているのか?」


「まさか。違いますよ、ただの幼なじみです。私はずっと好きだったんですけど……でも、いま考えると本当に好きだったのかなとモヤモヤするんです」


「なぜだ?」


 目を開け、鏡ごしに視線を送る。


 緋色の口から説明されたのは、昔から気が弱くて男の子たちからいじめられていたこと。そんな時に緋色の前に立って守ってくれた佑斗のこと。

 いつしかそれが当たり前になり、彼の後ろが緋色の定位置になった。


「傍にいられるだけでいいと思っていました。私が一方的に好意を抱いているんだからなにも望んではいけないと。でもひと君に出会って、ひと君と接するようになってから、私がゆーくんに抱いていた気持ちは”好き”じゃなくて単なる依存や庇護感情だったんじゃないかと思いました。幼なじみという関係を抜きにして彼のことを考えると全然どきどきしないんです」


「目を覚ました、といったところじゃないか」


「そうかもしれませんね」


 手を止めた緋色はほんの少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「緋色の気持ちも分かる、だれかの後ろにいるのはとても楽だ。傷つかず、なにも考えずとも先頭についていけばいいのだから。けれども先頭に立って真正面から風を受けない限りいちばんの景色は見られないんだ。だからわたしは前を向いて上を目指す。佑人に振り向いてもらえるような強くて魅力的な女になるために。たとえ緋色でも手加減はしないぞ」


 碧なりの宣戦布告だった。

 たとえどんなに険しい道のりであっても、いつか、報われると信じて。


「――はい、受けて立ちます! それっ!」


 突然コックをひねってお湯を出した(もちろん湯加減は事前に確認してある)。


「ちょ、こら、いきなりシャワーで洗い流すなんて反則だぞ」


「それそれー」


 問答無用でシャワーのお湯をあびせかけてくる。


「このーっ」


 負けじと隣のシャワーを掴んで緋色に向ける。

 裸のままパシャパシャと水をかけあい、心の底から大笑いした。



 風呂をあがってからは互いにドライヤーをかけあい、一緒に風呂上がりの牛乳を飲み、廊下のベンチでアイスを食べながら時間が許すまで語り明かした。


「姫氏原さんTシャツ姿になるとさらに胸が大きく見えますね」


「そうか? 母が大きい人だからな。試合中は邪魔だから押さえているが」


「背も高いし腰のくびれもお尻の大きさも理想的ですね。羨ましい」


「わたしは緋色のように小柄な女性に憧れる。筋肉なんてまるでないような細い手足はさぞかしワンピースに映えるだろうな」


「……なんだか私たち」


「互いにないものねだりしているようだな」


 くすくすと笑いあった。


「緋色に頼みがある。わたしは好きな相手にアプローチする方法というものがよく分からないのだが、ぜひとも教えてくれないか。のぶ子たちの意見も参考になるが佑人が惚れた緋色から聞く方がより有益だと思うんだ」


「アプローチ……うーん私もよく分からないんですけど」


「なんでもいい。佑人を惚れさせるようなテクニックがあれば」


 しばらく悩んでいた緋色は「そうだ」と手を叩く。


「これからスマホで検索してみて、明日一緒にチャレンジしてみませんか?」


「いいな、そうしよう。わたしのことは名前で呼んでくれて構わないから、手取り足取り教えてくれ」


「分かりました。じゃあ碧ちゃんと呼ばせてもらいます」


「よろしく頼む、緋色」


「では早速調べてみますね。えーと、待ち伏せ、手をつないで朝日をみる、間接キス……」


 ――というわけで、翌日の悲劇(?)につながるのであった。


★つづきはこちら

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893337449/episodes/1177354054897651303

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