第34話 合宿最終日。プレシャスタイム!そして初めての…
――おれはいま人生で一番「びみょう」な心境にある。
寝つけなかったため朝日を見るため部屋を抜け出してきたわけだが、
「みて朝日だよ。きれいだね、ひと君♪」
「見事なものだ。なぁ佑人?」
朝日がよく見える海沿いのコンビニ前のベンチに三人で座っているのだが、なぜか、右に緋色、左に碧さんが陣取っていて、しかも、それぞれに手を握られている。
なにこの「両手に花」状態。
居心地悪くて仕方ないんですが。
「あのさぁ。なんでこうなってるのか全然分かんないんだけど」
思いきって疑問をぶつけてみることにした。
「なにが不思議なんだ? 好きな相手と一緒にいたいと思うのは当然じゃないか。手をつないで朝日を眺める――すばらしいと思わないか?」
と碧さん。
いや、まぁ、そうだけど。
「昨日お風呂で聞かれたの。好きな人にアプローチするって具体的にどういうことなのかを。正直私もよく分からないから、じゃあ一緒に色々やってみようってことになったんだ♪」
「なったんだ♪」じゃないよ。
こっちは緊張しすぎて汗だらだらだわ。
「あ、そうだ、ちょっと待ってて♪」
そう言ってコンビニに駆け込んだ緋色は棒アイスの袋を二本買って戻ってきた。
二本だ。ひとつ足りない。
「はい、碧ちゃん」
「ありがとう緋色」
たった一晩にして名前を呼び合う仲になったふたりは袋からソーダ味のアイスを出してそれぞれ手に持つ。
「はいひと君、あーんして」
えっ!
「なるほどそのようにするのか。では佑人、わたしのアイスも齧っていいぞ。あーんというやつだ」
えぇっ!!
右と左から同時にソーダアイスを差し出される。
無言の圧力に負けて緋色、碧さんの順番に少しだけ齧った。冷たくて喉の奥でシュワシュワはじける。
「――じゃあ、碧ちゃん」
「ああ、緋色」
視線を合わせ、たったいまおれが齧ったアイスをそれぞれの口元に差し出した。
「「あーん」」
シャリッと小気味よい音が同時に響く。
「これでお互いに間接キスだね」
「なるほどな。これなら平等だ」
もうやめてっ。
思わず顔を覆ってしまった。居たたまれない。
おれ
一刻も早く帰りたい。
もう朝日なんてどうでも良くて、この苦行から解放されることだけを願った。
しかしおれの心中なんか知る由もないふたりはパクパクとアイスを食べきってから物足りなそうに目配せを交わす。
「アイス食べたらお腹が冷えてきたね。ね、今度は肉まんでどう?」
「いいな。わたしが買ってこよう」
肉まん。きっとまた間接キス――――……だめだ! 逃げる!!
足の速そうな碧さんがコンビニに入る直前を見計らってベンチから立ち上がった。
「やべーおれ合宿所に忘れ物してきちまったっ!」
一瞬の隙をついて緋色の腕を引き抜き猛ダッシュ。
「碧ちゃん逃げたよ!」
「みっともないぞ佑人。正々堂々と戦え!」
知るか。
逃げるが勝ちだ。
「あ、
すると前方の歩道を小石崎たち一年が走ってくるのが見えた。
助かった、と安堵したがすぐ後ろから足音がする。ガードレールに映ったのは鬼のような形相の碧さんだ。
「そこの一年、佑人を捕まえろ! わたしたちの気持ちを踏みにじった。許すことはできない!」
まるで犯罪者扱い。
なにしたんだ、と戸惑いつつ一年たちがディフェンス体勢に入る。
さすがに1対7は分が悪い。しかも後ろからは碧さんの猛追。
「ちくしょーっ」
思いきって左手の階段から砂浜に駆け降りた。当然ながらみんなもついてくる。これではまるで逆・鬼ごっこだ。
「なんだなんだ」
「砂浜トレーニングか?」
気がつくと早朝ジョギングに来ていた他校の生徒たちも合流してカオスな状態になっていた。
足場の悪さに苦戦しつつみんなが楽しそうに走る中、おれはひとり死に物狂いで逃げ回っていた。なんたって碧さんの脚力がこわい。
「絶対に捕まるもんか!」
目の前にいた生徒たちを一気に抜き去った直後に人影が現れた。
あわてて急ブレーキをかけるが相手はよろめいて倒れる。
「ごめん大丈夫か!?」
とっさに手を伸ばす。向こうからがっちりと掴み返された。
「ふふ、ひと君つかまえた♪」
憎たらしいほど可愛い笑顔の緋色だった。
ああー…………試合終了。
※
合宿も三日目。いよいよ最終日だ。
この二日間のトレーニングの成果を試すべく四校が総当たりで試合をする。
交代人数に余裕がある他校と違って七人しかいないウチは特別に2クォーターのみ。おれも控えとして参加することになったがメインは一年の実力をみることだ。
「なんだかみんな変わったね」
交代を待っている間、試合中の小石崎たちを見ながら緋色が感慨深そうに呟いた。
「体力や技術面ではまだまだ追いつかないけど、なんていうか、目がちがう」
たしかに。合宿前は自己満足の練習しかできなかったけど、全国レベルの強豪校にもまれて、正しい技術を知り、ついでに同年代との実力差を肌身で感じて意識が変わったみたいだ。
特に小石崎。
「てやっ!」
相手のタイミングをずらした上で放ったスリーポイントシュートはまっすぐゴールに吸い込まれる。「よし!」とガッツポーズしたあとでちらっとおれを見て歯をむいた。「見ててくれたっすか」とばかりのドヤり顔。
おれは親指を立てて頷いておく。盛大な拍手を送っていた緋色がこそっと耳打ちしてきた。
「さっき顧問の先生から聞いたんだけど、他の三校の先生たちから『よかったら来年も合宿においで』って誘われたんだって」
「マジかよ。すげぇじゃん!」
もし社交辞令じゃないとしたら凄いことだ。
小石崎たちの今後の可能性や合宿中の頑張りを認めてもらったってことだから。
「ただし春大会でみっともない成績だったら呼んでやらないって釘刺されたみたい」
「だいじょうぶだろ、あいつらなら」
コートの中を夢中で駆け回る姿を見ているとなんの不安もない。
きっともっと強くなる。
「抜け駆けはずるいぞ」
左腕にぬっと手を差し込まれてびっくりした。
試合用ユニフォーム姿の碧さんが当たり前のようにいる。
「碧ちゃんっ、いま別の体育館で試合中じゃないの?」
「休憩中だから佑人を誘惑しに来たんだ。わたしがいないと見るやおまえたちはすぐにイチャイチャするだろう? 牽制しておかねばな」
「い、イチャイチャなんてしてないよぉ……」
緋色は恥ずかしそうに顔を隠す。
うーん。
ふたりは一体どういう関係なんだろう。
友人? それともライバル? いや両方?
と、急に腕を引かれた。
「というのは半分冗談だ。――佑人、この試合でラストだろう。悪いが終わったら第二体育館まで来てほしい。練習試合をしたいんだ」
「
「いや違う。佑人と同じチームでバスケの試合をしたい……それが昔からの願いだったんだ。今日を逃したらもうチャンスはないかもしれない。頼む」
真摯に頭を下げられて面食らってしまった。
男女の差はあってもバスケを好きな気持ちは同じだ。断るはずがない。見れば緋色も大きく頷いている。
「もちろん。やろうぜ、バスケ」
碧さんは瞬く間に涙を浮かべ、何度も何度も頷いた。
「……ありがとう! ありがとう。きっと一生忘れない」
――というわけで、合宿の最後は学校関係なく男女混合の交流試合をすることになった。それぞれの学校の春大会での健闘を祈念した
ひどいもんだったぜ。メンバーは入れ替わり自由で、白嶺の身長二メートルのエースがボールを取りに来たと思ったら紫苑学園の一年がパスカット、青嵐高校の女子部員がシュートを決めたりするんだ。しまいには小石崎が敵として立ちふさがったりして。おれも夢中になってスリー決めたよ。
チームメイトの碧さんはずっと笑顔だった。本人も頬の筋肉が痛いと訴えるくらいに。
「佑人、ナイッシュー!」
「おう!」
ハイタッチを交わした刹那、フラッシュバックした。
――『ゆうと、きっと、もっと上手くなる。だから今度会ったときはゼッタイ、ぜーったい一緒にバスケしようね!』
思い出した。
引っ越した決まったあと、別れ際に指切りを交わした髪の短い子のこと。
そうか、おれ、てっきり男だと思ってたけど、こんなに美人の女の子だったんだ。
おれとの約束を守ってバスケを続けてくれたんだな。
「どうした佑人?」
「……いや、なんでもない。ほら一発決めてこい!」
ボールをパスすると一瞬びっくりしたみたいに受け止めたけど「まかせろ」とばかりに頷いて走り出した。黒い髪をなびかせて華麗にジャンプし、ワンハンドシュートを決めた。
「ナイッシュー! 碧!」
――そんなこんなで、二泊三日におよぶ合宿がおわった。
碧たちはウチのぼろっちいマイクロバスが見えなくなるまで校門で手を振り続けてくれた。次に会うのはいつだろう。全国大会? だったらいいな。
「聞いてくださいよ、小石崎のやつ、帰る前にライン交換した青嵐の女の子に告ったらしいんですけど
高速にのってすぐ、後ろの席の小田が喜々として報告してきた。
最後部座席に座る小石崎は死んだような目で窓枠に寄りかかっている。
「おかしいと思ったんですよね。急に仲良くしてるから。相手の子、小石崎のことはなんとも思ってなくて憧れの姫氏原キャプテンのために情報収集してただけみたいなんです」
ピンときた。
碧は緋色がイキリ桶川を好きだったことを知ってた。おかしいと思ったんだ。
「さては
「だって……菜々美ちゃんが学校のこと知りたいって言うから……」
「知るか。プライバシーだぞプライバシー!」
厳しく追及すると半べそ状態で叫んだ。
「いいじゃないっすか、そのお陰で間宮マネージャーとちゃんと付き合うことになったんすよね」
ちっ、また余計なことを。
案の定ほかの一年たちは「今まで付き合ってなかったのか!?」とキョロキョロしはじめる。隣の席の緋色は顔を赤くして下を向いていた。
「モテモテでいいっすよね。キスくらいしたんすか?」
「――うっ、うっせぇばか!」
そう怒鳴り返すのがやっとだった。
体が熱くて、とてもではないが緋色の顔を見られそうにない。
しばらく走ってからマイクロバスはパーキングに停まった。トイレ休憩だ。顧問と一年は全員バスを降りていってしまったので車内に残ったのはおれと緋色。ふたりきりだ。
「さっき、びっくりしたね」
恥ずかしそうに前髪を撫でる緋色。なぜか自然と唇に目がいってしまった。
ドキドキが止まらない。顔をまともに見られない。
どうしたらいい。
「ひと君は――キス、したい?」
小さな声で、まるで独り言みたいに呟くから叫び声をあげそうになる。
「あたりまっ……当たり前だろ。前から言ってるように、おれは、緋色のこと好きなんだから。好きな相手とキスくらい……したいょ」
どんどん声が小さくなっていく。
おれ頑張れ。勇気をだせ。いまならキスできるかもしれないぞ。
なのに全然顔見られねぇ。こんなに近くにいるのに。
「してみてもいいよ、キス」
「うぇっ!?」
顔を上げると同時に変な声が出てしまった。
しかし緋色はまっすぐこっちを見て笑ってる。
「だって私もひと君のこと大好きだから」
「……!」
そこには――合格発表のときに見た、弾けるような笑顔があった。おれの心を一瞬で鷲掴みにした、眩しいけど目をそらすことができない笑顔が。
「……ひいろ」
気づくと、腕を伸ばして緋色の肩を抱いてた。
びくっと小さく体が震えたけれど、包み込むように抱きしめて――そんで……。
キスした。
触れる程度に、軽く。
緋色との初めてのキスは合宿帰りの埃っぽいマイクロバスの中。
オシャレな雰囲気なんて微塵もないけど、触れあった部分から緋色の体温が流れ込んでくるみたいで胸が高鳴った。
「はは、ごめんな。初めてだから加減が分かんねぇや」
すぐに唇をはなして緋色の肩に顔をうずめた。
目を閉じていたからちゃんと唇に当たったのかも正直分からない。たぶん大丈夫だと思うけど。
「――ひと君」
「なんだ? なにか違ったか?」
あるいは歯でも当たっただろうかと不安になって顔を見ると耳まで真っ赤になっている。視線を泳がせ、どこか言いにくそうに口を開いた。
「よく分からなかったから……もう一回、キスしよ?」
まさかの”おかわり”だ。
もちろん喜んで受け入れた。
今度は目を開けて、さっきよりも深く、長く、キスした。
片想いし続けた二年の熱を伝えるように。
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