第38話 試合終了(最終話)

『えーマイクテスマイクテス……はい、いよいよ始まりました月波高校vs青嵐高校の一戦。申し遅れました、ウチは青嵐高校三年の比嘉のぶ子と申します。初めての方にも分かりやすくバスケを解説しますのでお楽しみに。なお月波高校からはマネージャーの間宮緋色さんに来てもらいましたっ』


『ほ、ほんとうに私なんかでいいんですか? 全然喋れないですけど……』


『いいからいいから。えーと、月波高校生徒会長によるを皮切りにスタートした試合ですが、すぐさま青嵐が得点をあげました。味方のパスを空中でキャッチしてダンクする技はアリウープと言いますが、息が合わないととっても恥ずかしいことに。逆に見事決まった時は痺れるほど格好いいんです、いやぁ惚れちゃいますぅー』


『ほ、惚れちゃダメですよ』


『はいはい。ごちそうさまです。――おっと月波の小石崎選手が二人抜きの上でスリーの体勢に入った!』




「バレバレなんだよ!」


 指先からボールが放たれた瞬間に叩き落してやった。こぼれ球を拾った南田が華麗にシュートを決める。さすがジュニアユースに呼ばれただけはある。これで12-4。少しずつ点差が開いてきた。


「小石崎、おまえは短い期間にめちゃくちゃ上手くなったよ。でもスリーに固執すればこっちも読みやすい。一気に三点とろうとするんじゃなくて泥臭く点数を重ねる方がいい。ここぞという瞬間に決めるスリーは最高だぜ」


「あのー敵に塩送ってどうするんっすか」


 なんだそんなことか、と笑い飛ばしてやった。


「その方が楽しいだろう? 相手が強ければ強いほど上手ければ上手いほどワクワクするんだから」


「……先輩ってじつはM……」


「ちがうわ!」


 ここで第1クォーター終了。二分のインターバルだ。一旦ベンチに下がるとイキリ桶川が鬼のような形相で詰め寄ってきた。


「なんだよこれ! 話が違うじゃないかっ!」


 やたらとキョロキョロして挙動不審、まるで詐欺にでも遭ったように青ざめている。折角のイケメンが台無しだ。

 周りの視線が集まる中、身振り手振りで必死に叫ぶ。


「いいのか?……いいのかよ、俺やめちまうぜ。いいのか? いいわけないだろ? 頭下げてでもバスケ部に残って欲しかったんじゃないのか?」


 どうする、とばかりに小石崎に目配せしてからおれが進み出た。


「その話ならもういい」


「――はっ?」


「小石崎たちと何時間も話し合って決めた。最初の一本は譲るけどそれ以降は互いに死力を尽くしてプレイする、手加減は一切なし。”楽しく””真剣に”ほんもののバスケってやつを新入生たちに見せつけようって。――もしそれで入部希望者が現れないなら自分たちの力不足と諦めて来年に懸ける」


「なん……なんだよそれ! そんなんでいいのかよ!!」


 地団駄を踏んで駄々をこねているみたいだ。よっぽど気に入らないのだろう。


 たしかに『やると腹をくくった以上はインパクトが大事!』と盛り上がってプロバスケみたいに音楽流したり初心者向けに解説したり派手な技をバンバンぶつけようって企画自体が盛り上がっちまったのは事実だ。でも試合中にマイクごしに緋色の声が聴こえると燃えるんだよな。


「ふ――ふざけんなよ、こっちは何も聞いてねぇ。なにが”楽しく”だ。こんな目まぐるしく動き回って、死ぬわ、バカにしてんのか」


 イキリはムキになってわめき散らす。あまりの大声にギャラリーたちがざわついていたのでポンポンと肩を叩いてなだめた。


「キャプテン、焦る気持ちは分かるけど落ち着いてください。まだ時間はたっぷりあるんですから、逆転のチャンスはありますよ。ウチも本気出させてもらいますから」


「……えっ。!?」


ですよ。ほら、こっちのチームは来てすぐに試合だったからウォーミングアップちゃんとしてなかったでしょう。第1クォーターでだいぶ体ほぐれたんで、こっからエンジンかけます。よろしく。だからそちらも本気でどうぞ」


 ここで第2クォーターの開始時間になった。お先、とコートに向かう。「交代だ!」と叫ぶイキリの声が響き渡った。




『なにやら揉めていましたが第2クォーターの開始です。――おぉっと、初っ端から青嵐側の桶川くんがスリーポイントシュートを放ちましたよ、これは挑発的です。第1クォーターでは一本も放ってないですもんね、ここからはスリーもドライブも織り交ぜて攻撃するから覚悟しておけということですね』


『もしかしてひと君ってS……』


 ちがいまーす! と突っ込みを入れたくなる。MとかSとか人をなんだと思ってるんだ。

 うちは五人しかいないのでフルセット、フルメンバーが出場する。中学あがりの四人は1クォーター8分に慣れている(高校は10分だ)。後半に体力面で不安がある分、使えるものは全部使わせてもらう。


「やってくれるじゃないっすか」


 ドリブルしている小石崎と一対一になった。


「久しぶりだな、このシチュエーション。初めて会ったとき以来だ」


 20-0でおれが圧勝した。あれから一ヶ月と少し。どれくらい成長したかな。


「先輩はすごいっすよ。合宿中に仲良くなった奴らもみんな先輩のこと知ってました。お手本みたいなスリー、しびれるフックシュート、終了間際の奇跡のレイバック……とっておきの秘蔵映像だって見せ合いっこしたっす」


秘蔵映像その言い方やめろ。恥ずかしい」


「朔中時代の動画も片っ端から見ました。二つ名で呼ばれているの知ってます?――縦横無尽の黒い閃光スパーク。朔中の黒いユニフォームと電光石火の動きを掛け合わせた呼び方っすね」


 やめろ、恥ずかしい。

 言っておくけど勝手に呼ばれるようになったんだからな。おれが頼んだわけじゃないからな。


「朔中の後輩にあたる奴がいってました。先輩は時には監督とぶつかることもあるくらいバスケに関しては誰よりも真剣で、人一倍努力していたこと。羨ましがられましたよ。たしかに先輩がいなくちゃここまでやれなかった……感謝してるっす」


「無駄口はそれくらいにしろ、試合中だ」


 これ以上辱めを受けてたまるか。


「てやっ」


 懲りずにスリーの体勢に入る小石崎。すかさずジャンプして手を伸ばした。しかしボールが飛んだのはまったく逆。股抜きだ。そのままおれを抜き去ってワンドリブルジャンプシュートを決める。振り返った小石崎は汗をぬぐいながら満面の笑みを浮かべる。


「先輩、バスケって楽しいっすね」


「――だろ?」


 出し抜かれた側としては笑顔で親指を立てられると複雑な気持ちだ。ぜってートリプルスコアにしてやる。



 ハーフタイムを挟んで第3クォーターに突入した。試合はますます白熱し、ギャラリーは増える一方で立ち見がでるくらいだ。

 月波は小石崎を中心に手堅く得点を重ねている。一方の青嵐ウチの一年は体格差に苦戦中。まだ勝負は分からない。


「……いってぇな」


 第2クォーター丸々休んでいたイキリ桶川が汗で床に倒れ込んだ。

 外野の取り巻きから悲鳴があがるかと思ったが丁度ゴール下で競っていたせいでおれしか見ていなかった。残念。


「押された。ファールだ! 審判!」


 碧に向けてファールを訴えるが首を振られてスルーされる。


「ざけんな! えこひいきかよ!」


 悪態をつくが誰にも相手されない。さすがに気の毒になってきた。


「だいじょうぶか?」


 たまらず手を差し伸べると露骨に無視してひとりで立ち上がった。イケメン顔に皺寄せて睨んでいる。


「くだんねぇ、おまえらみたいなバスケバカと違うんだよ俺は」


「まだ不貞腐れてんのかよ。スカしているよりそうやって汗だくになってる方がイケメンだぞ」


「うるせぇんだよ。さっさとボール寄こせ!」


 スローインの林にイキる。ほんと反省しないなコイツ。折れない心だけは尊敬するけど自らパスコースをアピールするのは感心しない。なぜなら。


「よっと」


 ひょいっと手を伸ばせば簡単にパスカットできてしまうからだ。


「おい、この卑怯者!」


 いやいや試合中だから。意地悪でボール取り上げるわけじゃないから。


「あのさぁルールもよく分かってないのになんでバスケ部選んだんだ?」


「決まってんだろ、マイケルジョーダンみたいな痺れるダンク叩き込みたいからだよ」


「――なるほどね、分かった。やってみる」


「はぁ!?」


 ぐん、と加速してゴールに迫った。いまならフリーだ。

 いける! ボールを抱えて地を蹴った。



 …………あれ。


 不思議な感覚だった。

 背中越しに見えるはずないのに、あんぐりと口を開けているイキリ、びっくりして体を縮こませている緋色、ちょっと笑ってる小石崎の表情が手に取るように分かる。



 まるで鳥になって上空から見下ろしている気分だ。

 なんだろこれ。ゾーンってやつかな。



 間近に迫ったリングに渾身の力でボールを叩きつける。会場にいる全員が息を呑む肺の動きまで分かった。


 とん、と地面に飛び降りた瞬間、息を吹き返したように歓声が響き渡る。

 窓ガラスが割れるんじゃないかって大音量。耳が痛いぜ。


「どうだ、ちっとは痺れたか?」


 仲間とハイタッチを交わしたあと、茫然と佇んでいるイキリに聞いてみた。

 顎が外れたみたいに伸びきって、唇がぶるぶると震えている。


「おまえ……なんだよ。いったい、なんなんだ」


「――おれ?」


 リストバンドを掲げてにっと笑って見せる。




「桶川佑人。ただのモブで緋色の彼氏さ」



 ※



『ここでホイッスル。試合終了です! 結果は61-47。青嵐チームの勝ちだぁああ!!』


『ひと君やったねー。あ、他校だから喜んじゃいけないんだった』


 地道にコツコツと点を稼いだ月波と交代なしのフルメンバーで挑んだこっちの体力の問題があって意外と点差がつかなかった。おれも後半はキツくて何度も足が止まってしまったし、向こうは小石崎を中心によく守った。


 あぁ最高に楽しかった。


 思わず天を仰いで――照明の光を見た。

 全中の優勝の時に見たような眩しくて穏やかな光だ。あのときはもうバスケはいいかなと思って「恋がしたい」と言ったけど、やっぱダメだわ。楽しい。どっちも捨てがたい。欲張りだなぁおれ。


「あ、イキリ――じゃなくて桶川。ちょっと待て」


 挨拶を終えるなりよろよろとコートを去っていくイキリを追いかけた。満身創痍。そんな顔に見える。


「なんだよ……ざまぁみろってか」


「そうだな。緋色を泣かせたのは許せない。ちゃんと謝れ。あと、もうちょっと真面目に部活に出ろ。癪だけど長身のおまえは役に立つ。このまま退部するのは勿体ねぇ」


 死んだような目にかすかな炎が宿る。


「ざけんな。バスケなんか当分やるか。俺は生徒会で忙しいんだ」


「おい」


「どうしてもって言うなら冬大会に出てやるよ。それまでは部員でいてやる。部長キャプテンなんて熨斗つけて返してやる、せーせーしたぜ」


 なんて捨て台詞を吐いて体育館から去っていった。付き添う早乙女の「意外とイケてたよー」なんて声も聞こえてくる。

 だからもう少しバスケのこと勉強しろ。冬大会に出場するためには県大会で優勝しなくちゃいけないんだぞ。


「なぁ小石崎?」


 隣に視線を向けると小石崎も目を細くして呆れかえっていた。


「もういいっすよあんなやつ。イキってないと死ぬ病気なんすよ」


「だろうな。でもこれで10人。大会に出られるぞ」


 安堵の息を吐いたのも束の間、いつの間にか大勢の新入生たちにぐるっと取り囲まれていた。


「むっちゃ格好良かったです!」

「ダンクってどうやるんですか」

「バスケ部に入りたいんですが」


 試合をみて触発されたのか入部希望者が殺到した。マネージャーである緋色は大慌て。入部届を取りに走って手渡すとその場で書き始めるやつもいた。

 碧が時計を気にしながら近づいてくる。


「佑人、すまないがそろそろ電車の時間だ」


「あ、やべっ! 駅まで送ってくよ。――とその前に、ちょっと待っててくれ」


 ぐいっと額の汗をぬぐい、新入生たちに書き方を説明している緋色に駆け寄った。


「緋色、このあと体育館に残っててくれ。大事な話がある」


「う……うん」


 こそっと耳打ちすると緋色の顔がたちまち赤くなる。

 今日は四月十三日。予告した告白の日だ。



 ※



「今日は本当にありがとうな。またちゃんとお礼させてもらうから」


 駅まで碧たちを見送りに行った。お礼としてマックで買った大量のポテトを持たせてある(ありがたいことに顧問が出資してくれた)。


「――ところで」


 碧はどこか落ち着きなく髪を払う。


「このあと緋色に告白するのか? 正式に付き合ってほしいと」


「ああ、するよ。ごめんな碧」


「そうか。心を決めたんだな」


 精いっぱい微笑んだ碧は、ちょっぴり寂しそうな表情をしていた。


「これだけは言っておく。わたしは諦めたわけではないぞ。言うなればまだ第4クォーター。入籍ゴールするまでは何があるか分からないものだ」


「はは、お手柔らかに」


「次は全国大会で会おう。約束だ」


「あぁ」


 リストバンドをはめた手でかたく握手を交わす。


 そう。次は、必ず、全国の舞台で――。

 やることはまだまだたくさんある。だからこそ緋色に思いをぶつけるのだ。


 全員の姿が駅の構内に消えるまで見送り、その足で学校に取って返した。


 心臓がとくん、と大きく脈打つ。

 いよいよ運命のときだ。


「わるい、待たせた」


 体育館に入ると先ほどまでの熱気がウソみたいに静まり返っている。ステージの前でモップ片手に佇んでいるのは緋色ひとり。足音に気づいてこちらを振り返り、「おかえりなさい」と笑ってくれる。


 おかえりなさい、だなんて新婚夫婦の会話みたいじゃないか。


「片づけありがとう。なんだか慌ただしくてごめんな」


 外靴からバッシュに履き替えるとき、一瞬だけど汗の臭いが気になった。

 しまった、シャワーでも浴びてくればよかった。はげしい試合後の直後に駅を往復したもんだから全身バケツの水をかぶったみたいにびっしょ……。


 でも今から引き返すのも。


「ひと君、どうしたの?」


 緋色が呼んでいる。おれを待っている。

 あぁもう、いくぞ。と覚悟を決めて体育館に踏み入れた。


 どくん、どくん、どくん……。

 一歩ずつ距離を縮める度に心臓の音がうるさい。


 夕日が差し込むふたりだけの体育館で緋色と向き合った。


「ま――間宮、緋色さ、ん」


「はい」


 両手を前で重ねて礼儀正しく佇む緋色。

 目の前がぐるんぐるんする。今にも倒れそうだ。あぁおれの体。もうちょっとだけ踏ん張ってくれ。


 ええい、もういっちまえ!




「間宮緋色さん、好きです。――大好きです! おれと付き合ってください!!」




 思いっきり深く頭を下げた。


 とうとう言ったぞ。だいじょうぶ……大丈夫だよな? ここまできてNGなんて、ないよな。


 そう信じたいのに、やけに沈黙が長引く。


 なんで迷ってるんだ? おれじゃあダメなのか?


 不安と緊張でぼた、と汗がしたたり落ちた瞬間、緋色がすぅと息を吸い込んだ。


「私、決めたよ。いまから”ひと君”って呼ぶのやめる」


「なんで!? おれじゃあダメか?」


 がばっと顔を上げて前のめりになってしまった。どんどん指先が冷たくなってくる。ここまできてフラれるなんて――。と思ったら。


「ちがうよ。私にとっての”ゆうと”はもうあなた一人だから、ちゃんと名前で呼びたいの」


 視界に飛び込んできたのは、あの日、一目ぼれしたときと同じ、眩しい笑顔の緋色だった。


「ありがとう、私もあなたのことが大好き。これからもずーっと格好良くいてね、佑人」


「ひいろ……!」


 腕を伸ばすと緋色自ら飛び込んできてくれた。「佑人の汗の匂いがする」と照れ臭そうに微笑んだ唇をやさしく覆う。


「ねぇ、佑人にお願いしたいことがあるんだけど……言ってもいい?」


「え、はい、なんでしょう?」


「うん。その……”おかわり”してほしいな。――だめ?」


 悪戯っぽく舌を出す緋色はもう一回、いや何十回でもキスしたくなるほど可愛いのだった。




おわり。

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モブの方の桶川君。~じつはスゴいんです~ せりざわ。 @seri

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