ヒトミちゃんはひとりきりになった部屋のなかで、もう何十時間も、モニターに映し出された映像を見つめています。

 ヒトミちゃんのおおきな瞳が捉えてきた、膨大な量の映像。まだ元気なころのわたしの姿が、延々と、画面にくり返されます。

 美味しそうに食べる姿、調子はずれな歌をうたう姿、椅子の角に足をぶつけて痛がる姿、笑う姿、踊る姿、考えこむ姿、ムキになる姿。たくさんのわたしの、姿たち。

 ヒトミちゃんは涙を流します。そんな機能はないはずなのに、それはおさえようもなく、おおきな瞳から溢れ出します。声も漏れます。不確かで震えのとまらない、意味もなさないような切れ切れの言葉たちが、勝手にのどを通過します。人間ならこれを嗚咽と呼ぶのだろう、とヒトミちゃんは考えます。わたしは嗚咽をしているのですか?

 まだ残っていたパイン缶と一緒に、ヒトミちゃんはわたしのからだを埋葬します。海を見渡せる、素敵な場所でした。ヒトミちゃんも座りこんで、海を眺めます。どこまでも遠くまでつづく、果てのない、膨大な量の水。単調な波のリズムは、ヒトミちゃんの耳にも心地よく感じられます。

 わたしの手紙を取り出して、ヒトミちゃんはようやく読みはじめます。どこに隠していたかなんて、ヒトミちゃんには最初からわかっていました。すぐに見つけてポケットにしまっていましたが、いまになってようやく、それを取り出して読む気になったみたいです。

 長い内容は、割愛します。ともかくわたしのヒトミちゃんに対する想いが、紙面にぎっしりと書きこまれています。ヒトミちゃんはそれを読んでまた目に涙を浮かべます。すっかり涙目が定着しちゃっていますね。まあ、それも可愛いから、いいんですけど。

 手紙は発電所の地図が書かれた紙の裏面に書きました。そのこともヒトミちゃんはすぐに気づきます。どうすればいいのか、とヒトミちゃんは静かに考えます。一体これから、わたしはなにをすればいいのだろうか。わたしにはあと、どのくらい時間が残されているのだろうか。

 ヒカリ、わたしはいってもいいですか。ヒトミちゃんはポツリとつぶやきます。わたしからの返事はもちろんありませんが、やがてヒトミちゃんは立ちあがると、車のなかのいらない荷物を全部おろしました。軽くなったおかげで、燃費もずいぶんよくなったはずです。じゃあ、いってくるですよ。わたしのお墓に目を向けて、ヒトミちゃんはつぶやきます。

 動き出した車のなかで、ヒトミちゃんはクラシックかなにかの曲を流します。でもそれも、あまりしっくりこなかったのか、ヒトミちゃんは曲を変えます。なににしよう。ヒトミちゃんは以前にわたしが聞いた、kitriのアルバムを流し始めます。以前のわたしとおなじように、「さよなら、涙目」を聞いているうちに、またヒトミちゃんは涙を流します。それ、すごくいい曲だから、仕方ないですけどね。

 さよなら、ヒトミちゃん。

 遠ざかる車を見送りながら想います。わたしはその旅の成功を、心から、心のそこから、願っています。いままでも、これからも、なにがあっても。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モノ・アイ あかいかわ @akaikawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ