これが……魔法?

「……おかしいな? 彼がいないだけでこんなにも虚しく感じるなんて……」


 ゼスタルがこの王城に転生して以来、私は彼と会えるのは一日三度の食事のみで、そのときをいつからか心待ちにしている自分がいた。


 だと言うのに、周りは私たちに距離を置くような配置にして話させようとしない。同じ場にいても中々話せず、最近始めたらしい修行のことも聞けずにいる。


 それがとてももどかしくて……って、私は一体何を考えているの? そんなにも思い悩む必要はないのになぜ……? どうしていつも彼の面影を追っているの……?


「テルティナ様! 大変です!」


 そんな悩みを吹き飛ばすような勢いで扉を開けて入って来たリーダルは、何か重大な危機が迫っていることを知らせに来ているかのようだった。


「どうしたの? 急ぎの要件なら転移魔法使って来たらいいのに」

「そんなこと言ってる場合ではありません! 速く訓練所まで来てください!」

「何があったんだ?」



「ゾストル様が……ゼスタル様と模擬試合をされるようです!」



「……今、なんて?」

「ですから! ゾストル様がゼスタル様と模擬試合をされるようなのです!」


 あれっ? 何でゼスタルに『様』を付けているのだ? という疑問はこの際浮かばず、気付けば私は真っ直ぐに部屋を飛び出したのだった。


 バカかあいつは! ゾストルは龍騎隊隊長、まだこっちの世界に来て間もないヤツが勝てるはずがない! それどころか、あいつの命が一瞬で尽きてしまう!


「場所は第一訓練所です!」

「分かった!」


 リーダルが後ろから付いて来ているのは見なくても分かるので、私は第一訓練所まで全速力で駆けて行ったのだった。




「……あれ? こんなに大事になるって聞いてないですよ?」


 第一訓練所では、いつの間にか多くの観客たちが集まっていた。種族や階級問わず、中には龍騎隊以外の隊長の姿もあった。皆それぞれ彼の方を見てザワついているが、大半は嫌悪感が寄せられていた。


「皆に貴殿の実力を見せる良い機会だと思ってな、私も気になっていたところだ」

「そうですか。実は僕も、自分がどこまで伸びたのか、しっかり確認しておきたいと思っていたところなんです。逆に僕に模擬試合を申し込んでくれて、ありがとうございます」

「私に模擬試合を申し込まれて喜んでいるとは……。変な者だな。まぁよい。審判、開始の宣言をし――」



『ちょっと待ちなさい!!』



 訓練所の空いた扉から響いた私の声は、一瞬にして場を沈黙させた。いきなりの登場に驚きを隠せずにいるようだったが、気に止めずに続けた。


「ゾストル! なぜ彼との模擬試合を行うこととなった!? 彼はまだこっちに来てからまだ間もないのだぞ!」

「我々は、彼の実力を知りたくて仕方ないのです。そして彼も、自分の力がどれ程成長したのか確認したいのです。無論、殺生のないようにします」

「ふざけるな! お前はいいのかゼスタル! 殺されはしないかも知れんが、重傷を負うぞ!」

「僕はそれでも構いません。それが……僕の意志です」


 なぜだ? 明らかに各上な相手にどうして怯えることなく立ち向かえる? どうしてそんなにも必死になる?


 幾ら考えても、その答えは出なかった。ただ、この試合は止められないということだけは分かった。彼の表情はいつものような笑顔ではなく、絶対に折れることのない信念のような物を感じていた。


 ……そうなると私はもう、折れるしかなかった。


「……分かった。もう止めはしない。お前たちが納得行くまで戦うといい」

「ありがとうございます。……それでは、開始の宣言を」


『……これより、模擬試合を始めます。勝負は双方のどちらかが戦闘続行不可なるか、敗北を認めるまでとします。殺傷は禁止、それ以外の目的のための魔法の使用を許可します。それでは双方、合図があるまで構えてください』


 ゼスタルは両手で、ゾストルは片手でそれを手にして構えると、互いに出方を探り合う。合図が出されるこの間でさえ、どれほどの戦闘を繰り広げているのだろうか? 

 たった一週間でよくこんなにも成長したと褒めるべきか……いや、まだ安心は出来ない。まだ、勝負は始まっていないのだから。


『…………それでは、始め!』


「……流石はジャクゾールだ、短期間でよくここまで剣術を磨いた……としても妙だ。何か秘めた物があるのではないか?」

「それはこれから分かります。では、参ります!」


 刹那、彼はゾストルの目の前に迫ると木刀を真上から振り下ろしていた。しかし、その一撃は頭に触れる寸前で止められた。


「ふむ、瞬時に自分の間合いに入り込んで攻撃する、近接戦の基本をよく出来ている。……しかし」

「グフォッ……」


 彼は一撃で呆気なく吹っ飛ばされてしまった。


 ゾストルが使う魔法は風属性のみ。しかし、その洗練された彼の魔法は無駄がなく、敵によって巧みに使い分けることが可能だ。


 先の一撃は彼の有する最大火力の攻撃の一つ――【断空拳エアロフィスト】、風属性の魔法による気流のコントロール、そして風圧の推進力によって繰り出される一撃はまともに受けると致命傷、最悪の場合、身体に風穴が開く程のモノだった。


「ほぅ? あの一撃をまともに受けて立ち上がるとはな……」

「……正直危なかったです。気流が変わったことに気付けなければ今頃倒れていたでしょう」



 え? 彼は一体何をしたの? 魔法を使っている気配がないから全く分からないんだけど?


 目前にある光景は、とても理解出来そうになかった。本来なら死んでもおかしくないような攻撃を受けても平然と立ち上がるその姿は、とても異様だった。

 それは他の観戦者たちから見ても同じで、場には動揺が走っていた。


 ……だが、一人だけそれを平然と見ていた者がいた。


「ジャクゾール、ゼスタルが何をしたのか分かるか?」

「とても恐ろしい事ですが……彼は魔気を身に纏うことで防御力を強化しています」

「……どういうことだ?」

「あやつの言う限りだと、魔気は密集させれば鎧や剣と同じ様に硬質にすることが出来るようです。実際に我もやり方を教わりましたが、これはとても脅威です。魔力の続く限り彼の持つ木刀が切れ味のいい鉄剣に、全身に重さを感じない鎧を身に着けていることに相違ないのです。」

「しかし、永続的に纏っていると魔気がすぐに無くなるではないか?」

「彼は……ゾストル様が攻撃して来た瞬間にのみ、攻撃が当たる部位に魔気を集中していたのです。一瞬だけならば魔気の浪費が少なくなり、その分他の用途に回すことが可能に……」


 全く、一週間でそんな化物じみたことが出来るのか。というか、魔気を魔法以外に使おうとするなんて考えもしなかったな……。



「……ふむ。どうやら我々は、貴殿を過小評価し過ぎていたようだな」

「急にどうなさったのです?」

「普通ならあの一撃で他の隊長とテルティナ様以外は倒れていたはずだ。しかし、貴殿は倒れなかった。どのような魔法を使ったのかは分からぬが、何らかの力が作用していたことくらいは分かる。どうか、教えてくはくれないか?」

「いいですけど、試合修了後にしてください。僕はまだ、魔法を試せていません」

「……そうであったな。では、貴殿の最大の一撃を見せてみよ」

「勿論そのつもりです。では……行きます」


「『理を逸脱せし祖よ・連なりより氾濫はんらんせし祖よ・――』」


 待て待て待て!! 何だこの詠唱は!? こんな詠唱見たことも聞いたこともないぞ!?


 この世界に置いて魔法の力は絶大、勇者の存在を無視したとしてもその影響力は大きく、戦闘では必ずと言うほど使われている。その詠唱は変なことに世界共通で、人も魔族も同じ様な詠唱をしていた。


 しかし、多くの魔法の詠唱は三節から成り立つモノばかりだ。例えどんなに強力な魔法でも、三節しかないのである。


 そんなことは露知らず、彼が詠唱すると共に紫色の魔法陣がゾストルの周りを覆うように出現し、ゆっくりと回り出した。


「『――憤怒ふんどは安寧を撃ち砕き・混沌は深淵を招来す・――』」

「……私は、夢でも見ているのだろうか……?」


 うん、よーく分かるよ。だって彼の魔法、私にも発動したら最後、どうなるか分からないもん。


「『――遍く炎はうごめく闇を経て・降り注ぐ煉獄れんごくへと昇華せん』」


 場の動揺が収まらないままの原状には無関心なのか、彼は平然と詠唱を終え、魔法陣は赤紫色の炎を噴き出しながら高速回転していた。その光景は恐ろしくも綺麗に見えたのだった。


「――【インフェルノ・レイズ】」


 刹那、魔法陣から伸びた無数の光線が間もなく彼女を包み込んだ。その色は禍々しくも鮮やかで、“奇妙”という言葉が一番似合うモノだった。


 その光景に見入っている間に魔法陣が消え、光が徐々に薄れて行くと、そこにはボロボロになったゾストルが膝をついていた。その様子はこれまで見たこともない位とても苦しそうだった。


「……ハァ、……ハァ、こんなにも思い一撃……久しぶりだ……。ハァ……、完敗、だ。負けを……ハァ、認める」


『…………しょ、勝者……、ゼスタル』


 その審判の声を聞いても、場はずっと沈黙していた。膝を付く彼女の姿を、誰も直視できていそうになかった。


「ハァ……ちょっと、疲れ――」


 彼女が後ろに倒れそうになる瞬間、彼は肩を掴んで支えたのだった。


「大丈夫ですか? ……って僕が言っちゃ変かな?」

「いや、十分貴殿は……ハァ、変な……者……」


 彼女はそのまま眠ってしまったのか、支えている彼にもたれかかった。その表情は、少し笑っているようにも見えた。


「おいっ! 医療班は早くゾストルを医務室へ! 他の者は速やかに――」

「医務室ですね? 分かりました」

「えっ? ああそうだ。早く運べ」


 そう言うと彼は何を思ったのか、そのまま彼女をお姫様抱っこし、颯爽と訓練所を後にした。

 その後ろ姿を見送――


「って、ちょっと待てえええええええぇー!?」


 それ以来、彼を卑下する者はいなくなったが、多くの噂が流れることとなったのは、言うまでもなかった。

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寂しがり魔王と宵闇の暗黒騎士―勇者は却ってどうぞ― 倉野海 @kuranoumi

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