ゼスタルの意思

「……来たか」

「はい、ジャクゾールさん」


 僕の名前は久根崎奏志くねざきそうし……ゼスタル。剣道以外は何の取り柄もない男子高校生だった。幼い頃から父親の道場にいる者たちと共に剣道の稽古をしており、全国大会の常連となる程の腕前だった。


 けれど、学校の成績は赤点ギリギリ、見た目は陰湿で関わろうとする者はおらず、グループワークではハブられ、当然友達もいない。


 そんな僕は突如、同じ高校の生徒に刺されて死んでしまった。刺した本人は他クラスなので顔も名前も知らず、ただ怒りを募らせていたことしか分からなかった。



 まぁ、そんなことはもうどうでもいい。僕はそれから銀髪でがたいのいい容姿をした青年に転生した。そして、その転生先が……“魔王城”である。


 この世界に君臨する魔王、テルティナの采配を受けた僕は王城にある空き部屋に住まわせて貰っている。

毎日三食彼女と同じテーブルで取り、衣服も支給され、城内の多くの施設の利用が可能で、どこにいても多くの者に警戒されながらも普通に暮らせている。



 そして目の前にいる方がジャクゾールさん、僕の師匠だ。眼は青緑色で人の形を模しているが肌は翼まで蒼く、顔や手の甲にも鱗が見られる龍人族ドラグノイドだ。


 龍人族は身体能力と魔気まきの双方で良く、全種族の中で最も早く空を飛ぶことが可能である。ただし、使える魔法は極限られているらしい。



 そんな龍人族の彼は七つに分かれた大隊の内の[龍騎隊ドラグナイツ]の精鋭であり、剣術で彼に並ぶ者は隊長や副隊長クラスしかいないらしい。


 そんな彼は僕の申し出を唯一受けてくれた。僕のことを悪く思わない者は、テルティナ以外では彼しかいなかった。そして現在、彼に始めて修行させてもらう時間となっている。


「改めて確認するが、本当に良かったのか? お前のく道は険しいぞ?」

「心得ております。けれど、僕は彼女の側にいるに相応しい者になりたいのです」

「その心は?」





 そう、僕はテルティナに一目惚れしていた。


 前世にも美しい人はいたかもしれないけど、彼女以上に美しい者はいなかった。それに加えて、彼女は明らかに自分より強いのにも関わらず、真っ直ぐに自分と向き合ってくれた。


 そんな彼女を愛おしく思うと同時に、守りたいと決心した。だからこそ、僕はこうして彼に弟子になった。



 ――修行して魔王軍随一の暗黒騎士となり、強さと実績を得られればきっと皆も認めてくれる……。そんな単純な理由だった。



「全く、お前はよくそんなことを堂々と言えるな……」

「言えなかったら、彼女を求める資格はありません」

「フッ、これだからお前は面白い。さて、早速戦闘訓練に入る。まずは、我が剣を捌けるようになってみよ。では行くぞ?」

「えっ?」


 刹那、木刀で斬り上げようとしていることが見えたので、咄嗟に後ろに下がることで避けることに成功した。……が、同時に困惑した。


 ――なぜ、下がっただけなはずなのに分も下がってしまったのか……。


「ほぅ? これを避けるとは中々……。しかし、妙だな? 人はそんなにも跳べないと聞いているぞ」

「その通りなんです。でも、転生してからずっと体に力が漲っているような感じがします」

「ふむ……」


 双方共に思考を巡らせ、その結論に辿り着くと苦笑いしか浮かべられなくなっていた。


「……お前はもしかしたら、人間ではないのかも知れんな」

「やはり……そうですよね。仮にですけど、もし僕が自身の思い当たる種族であるなら、この世界では始原の存在になります」

「……その種族とは一体?」



「……“”です」



 魔人、それは人の姿をしていながらも尋常ではない身体能力と強力な能力を扱うことが出来る存在。仮にそれが自分の正体であるのなら……いや、そうとしか思えなかった。


「ふむ……聞くからに危険な臭いがするな」

「はい。仮にこれが本当なら、僕の体は全然本気ではないと思います。……って、なんか変ですね。『体が本気ではない』って」

「……と言うことは、先の攻撃も普通に見えていたのか?」

「はい。実はこう見えて、前世では剣道と呼ばれるモノをしていまして……」

「なるほど、剣道と言うモノは剣術の一種のことだな? 前世の経験に加えて肉体の強化、それによって我の動きが完全に見えていたと……。これでは、すぐに追い抜かれてしまいそうだな……」

「ご謙遜を……」

「いや、お前の課題はもうほぼ力加減のみだ。可能なら自分の能力を最大限に活用出来るようにするといい。魔法は言わずとも自分で習得しているようだしな。それでは、ゼスタルにはこのまま捌きを続けてもらう」

「はいっ!」


 そうして一週間、彼の修行は続いた。


 ひたすら彼の繰り出す斬撃を避け続けるという極めて異様なことをした結果、自分の力の制御に成功した。



 同時に、修行の合間に覚えたての言葉で書かれた魔導書を読み込み、実践して習得出来た魔法は暗黒騎士に相応しい闇属性の魔法だった。


 この世界には、魔法は火、水、土、風、光、闇の計六種類の属性があり、これらに属さない魔法を一括して無系統魔法と呼んでいる。その中でも闇属性の魔法は、毒や能力の低下、精神操作などと言った相手の自由を奪うことに長けていた。


 転生者なのでもしかしたら、全属性使えるのか? などと思っていたが、勇者でもない僕がそんな高望みをして言い訳がなかった。


 それに加え、一週間の修行の中で僕は本物の“魔人族”であるということが分かり、自分の特殊能力が判明した。しかし、それは生命に対しては使うことを躊躇ためらうモノだったので、最終手段として封印することにした。



「ゼスタル、よくやった。お前に教えられることはもうない」

「ジャクゾールさん、今までご指導頂きありがとうございました」

「いや、我も楽しかったぞ? お前との一週間の中で、我の斬撃のスピードも上がって行ったしな。さて、これから――」



「ジャクゾール、修行の方はどうだ?」



 会話を横切るように声をかけて来たのは黒い肌に橙色に染まった眼をした龍人、魔王軍[龍騎隊]隊長――ゾストルだった。

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