勇者ではない転生者

「えっ……? 嘘でしょ?」


 私は目を疑った。自身が『立場関係なく接してくれる者』をぼんやりと望んで間もなく、青紫色に光る魔法陣が目の前に顕れたことに対して久々に戸惑っていた。


「(確かに私は望んだけど、いやでも転移魔法で誰かが帰って来るってことも……いや、これは有り得ない)」


 転移魔法は魔法陣を予め設置し、その魔法陣がある場所に瞬時に移動することを基としている。自分だけでなく、他人や物を移動させることも可能である。

 しかし、その魔法陣は目視出来るモノではないため、目の前に顕れているそれとは明らかに違う。 


 それは勢いよく回転し始め、気付けば魔法陣と同じ色の光の膜が現れたことで、中心の部分が見えなくなっていた。


「(一体……何がどうなってるの? あの中では何が起こっていると言うの……?)」


 その異様な光景に息を呑むことしか出来ない私はそのまま魔法陣が収まるまで待った。回転が止まり、魔法陣が徐々に姿を消えて行くと共に膜も薄れ、中心に何かがいるのが分かった。けれど、完全に見える様になるまで私は待った。


「……えっ?」


 光のベールより姿を表したのは、少し乱れた銀髪の青年だった。自分より背が少し高く、筋肉もそこそこ、黒いシャツにレギンスを身に着けているが、重要なのはそれらではなかった。



「(もしかして、普通の人間……!?)」



 これまで私は実物の人間を見たことがなく、他の者から『耳や爪が短く、角や翼も生えていない』ということしか聞かされていなかったが、目の前にいる男性がそうだった。


「(目が……開いた)」


 ややつり目でその瞳は碧く、快晴のときに見える空のように透き通っていたのだった。その瞳は真っ直ぐに私の方を向けていた。最初はぼんやりとだったが、次第に見入るように凝視するようになり、少しプレッシャーを感じていた。


「……あ、あの〜」

「……ぅぁ!? ご、ごめんなさいっ!」


 あれ? 私のこと見て恐れないの?


 人間の場合、魔物や魔族を見ると怖がると聞いていたが、目の前の彼はそんな素振りが全くない。突然声を出されて驚いているだけ……とはちょっと違うような気もするけど、私の見た目を怖がっているようではなかった。


 そして、私が聞きたいことを真っ先に聞くのだった。


「もしかして……あなたは勇者、なんですか?」

「……あの、言ってる意味が分からないです」

「えっ? ……じゃあ、聞き方変えるね。あなたは異世界から来たの?」



「……どうやら、そうみたいですね。刺されて死んだはずなのに、姿形も変わって……」



 えっ? この人転生者なの? という疑念さえ浮かばなかった。彼のこれまでの言動や立ち振る舞いからして、それ以外の可能性は消え失せた。


「こちらからも質問良いですか?」

「えっ? あ、はい」

「さっきの話だと、あなたは魔王ってことになりますよね?」

「そうです。私はテルティナ、この世界の魔王です」

「あなたは、どうして私を殺さないのですか?」


 その質問に、私は首を傾げた。どうして会って間もない者を殺すと思うのか、全く理解出来なかった。けれど、彼のその質問は冗談でないことは聞くまでもないため、普通に応えた。


「逆になんで会って間もない者を殺さないといけないの? 人間って、魔族が会って間もない者を簡単に殺すと思ってるの? 人間もそうなの?」

「する訳ないですよ。……そう言えば、なんで僕を下に見ないんですか?」

「……は?」


 さっきからなぜ意味不明な質問しかして来ないのかしら? そんな風に私は彼に少し呆れていることを顔に出してしまいそうになった。


「強者は皆、他者を見下します。僕はずっと『剣の道以外では能無し』と、他者から見下されてばかりでした。けど、あなたはそんなことが全くない。どうしてなんですか?」


 このとき私は、彼との会話が何故か噛み合わなかった理由を悟った。


 世界の違い、もしかしたら同じ世界であっても、生きてきた環境の違いであると。なら、私はそれを気付けさせればいいと同じく普通に応えた。


「何を馬鹿げたことを……。確かに私は強いけど、強いだけじゃ何も出来ません。私はこの城から外に出ることは出来ず、衣食住を提供してくれる民に直接礼をすることも出来ずにいます。私はすぐにでも伝えに行きたいのに……」


 あれっ? 私ってば何言ってんだろ? そう思っていると彼は、


「……立派です」


 そんな風に返して来たのだ。偽りではないことは分かるけど、そんな大層なことはしていないと咄嗟に否定に入る。


「そんな大袈裟な……」

「いえ、あなたは立派です。だからこそ、僕はあなたの力になりたいと思います。まぁ、僕に出来ることなんて僅かですけど」


 少し緊張が解けたのか、彼は笑顔を浮かべた。それは正しく、私がずっと夢見ていたモノだった。


「そう言えば、あなたの名前は?」

「僕は……ゼスタル」


 あれ? 名乗るまでのこの間は何なの? ……まぁ、いっか。


「じゃぁゼスタル、私の願いを聞いてくれるかな?」

「なんでしょう?」



「いつか、私を連れて外を案内してくれないか?」



「はい、喜んで」


 なんなんだろう、ゼスタルの手が凄く温かい……。


 握手している手の心地良さに浸っていると、気付けば既に転移魔法が発動していることを察知した。しかし、気付くのが遅かった。


「テルティナ様、少しお時か――そこの者! テルティナ様より離れろ!」

「止めて! 彼はこの世界のことをまだほとんど知らない、来たばかりの転生者よ!」


 黒髪ロングのメイドはピクリと動きを止め、警戒を解かずに彼を睨めつけていた。こんな彼女を見たのは久しぶりだった。


「……それは、本当なのですか?」

「はい、そして彼は私に力を貸してくれると言いました」

「……そこの者、あなたはテルティナ様に忠誠を誓ったのですか?」

「はい、彼女に『外の世界を案内する』と約束しました」


 えっ? 単純に『街の外に連れ出して欲しい』って意だったのに話が大きくなっちゃってる!? でもいっか。それで私が外に出られるようになれるんだし……。


「つまり、あなたは世界を支配すると……?」

「必要ならします。そのためにも、僕は強さを欲します。どこまで強くなれるかはやらないと分からないので、今は何とも言えないんですけど……」


 ちょっ!? それは幾らなんでも無謀すぎじゃない!? 流石に人間相手に全面戦争とか嫌なんだけど!? ……まぁ、彼も流石にそんなことはしないか……。


 それを聞いて、彼女は警戒を解いたようだった。その様子は驚いているのか、呆気にとられているのか、少し溜息をついた。


「……まさか、ここまで度胸のある人間がいたとは……」

「彼にはゼスタルという名がある。あぁ、そうだな。『ゼスタルは勇者ではない転生者であり、魔王軍に着くと忠誠を誓っている。変な手を回せば即刻処罰する』と城に訪れる全ての者たちに伝えてくれ」

「畏まりました」


 その様子は先程とは打って変わり、少し笑みを浮かべているような気がしたが、そのまますぐに部屋を立ち去ってしまった。


「あの、さっきのメイドさんは?」

「彼女はリーダル。種族はダークエルフで、転移魔法のエキスパートよ」


 ダークエルフはエルフと同じく、身体能力は人間並みだが魔法を使用するために必要な魔気まきの量が他の種に比べて非常に高く、それに見合う魔法センスがあった。彼女の場合、詠唱なしで魔法を使えるほどだった。


 ただ、エルフは防御や回復などの魔法、ダークエルフは攻撃や状態異常などの魔法が得意という違いがある。


「……この世界は、魔法が当たり前のように使われているのですか?」

「そうよ。転移魔法は数多くある魔法の中でも扱える者が少ないから、とても貴重な存在よ。それに、無詠唱で魔法を使えるのは更に極限られているわ」

「メイドの時点でそれだと、自信無くしちゃうな……」


 実力差を痛感しているのか、彼は苦笑いを浮かべる他なかったようだ。まぁ、確かに周りの強さが異常だと思うこともあったが、それが普通となっているのが魔王軍だった。


「素直なことは良いけど、私との約束、ちゃんと守ってよね?」

「何不自由なく外に連れられるようになったときに、必ず果たします」

「よろしい」


 こうして、私はゼスタルとの出会いを果たしたのだった。

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