生きたタピオカ

むらさき毒きのこ

第1話 生きたタピオカ

特許法

(先願)

第三十九条

同一の発明について異なった日に二以上の特許出願があったときは、最先の特許出願人のみがその発明について特許を受けることが出来る。


(特許を受けることができない発明)

第三十二条

公の秩序、善良の風俗又は公衆の衛生を害するおそれがある発明については、第三十九条の規定にかかわらず、特許を受けることができない。


【知的財産権・基本法文集より】




「孝子さん、ここって美容室だよね」

「そうだよ、きの子さん。亡き夫の店を引き継いで45年、あたしの城さね」


 パーマネント・TAKACOの店主、根本孝子(72)は、試験管の緑の液体を、ビーカーの透明な液体にポタポタと落としながら答えた。緑の液体は、透明な液体の中で直径五ミリ大の球状になり、ビーカーの底にコロコロと溜まっていく。


毬藻まりもみたいだね」

「きの子さん、タピオカなんだよ」

「え、タピオカって、黒糖練りこんだ生地を茹でて作るんじゃないの」

「コストがかかるだろう、そんなんじゃ」

「黒糖の味がしなきゃ、噛み締めた時の風味が、美味しくないじゃん」

「黒蜜に漬けるのさ。そうすれば、おいしいタピオカの出来上がりだよ」

「フェイク・タピオカ……」

「練りこんだんじゃ、沢山作れないだろう?」

「不味いよ、きっと」

「まあ、食べてごらんよ」


 自信ありげな表情で、ビーカーの中身をザルにあけて水気を切り、ボウルにそのタピオカを入れて、上から業務用黒蜜をたっぷりかける孝子。そして、そのボウルに濡れ布巾をかけ、白衣から黒いエプロンに着替え、きの子の散髪に取り掛かる。

 レザー剃刀かみそりで全ての工程をやり終え、一服する孝子。きの子は、仕上がった髪の毛を恨めしそうに手できながら、毛先がプチプチと音を立てるのを確認し、ため息をついた。


(孝子さんは講習に行っても腕が上がんないよなあ)


 心の中で毒づくきの子。ならどうしてこの店の常連なのか。それは、お喋りが目的だったりする。今日のおやつはどんなもんだ? そんな風に思いながら、ボウルに掛かっている濡れ布巾をめくる。


「孝子さん! タピオカが! 大きくなってるよ! ふやけたのかな」


 タピオカの粒は、直径一センチ大に「育って」いた。


「きの子さん、ふやけたんじゃないんだよ、大きくなってるのさ」


 孝子は笑いながら、お玉でタピオカをすくうと、小鉢にそのタピオカを取り分け、上から業務用抹茶ミルクを注ぎ、きの子に手渡した。小鉢の中身を、気味悪そうに見つめるきの子。


「孝子さん、ひとつ聞いていい?」

「なんだい」

「何で大きくなったの」

「企業秘密だよ」

「また、変なもの入れたんじゃないでしょうね」

「人聞きの悪い」

「食べた人、いるの?」

「あんたが初めてだよ」

「……被検体って事?」

「そうだねえ」

「私、食べない」

「そうかい、その方がいいかもねえ。なにせ、顕微鏡で覗いてみたらさ……」

「何が見えたのさ!」

「細胞分裂だね、あれは」

「孝子さん、どうやって作ったの、このタピオカ」

「赤ちゃんの成長だね」

「孝子さん、まさか」

「赤ちゃんは生まれてから、三か月で体重が約二倍になるんだよ」

「あのさ、怖い事言っていい? 赤ちゃんの細胞と、タピオカを、コラボしたって事?」

「まあ、そうだね」

「吐きそう。で、その細胞って、どうやって手に入れたの? まさか……」

「そうだよ」

「!!! 孝子さん!」

「うんこだよ」

「え?」

「孫のうんこから採取したんだよ」

「……実用化は諦めて」

「特許の出願をしようと思ってるんだけどねえ」

「こんな発明、拒絶されるよ」

「やってみないと分かんないだろう?」





「私が、九条特許事務所の弁理士、九条ネギ男です。特許の出願に関する相談ですか? それとも裁判ですか?」


 ツーブロックの短髪をグリーンに染めた、顔の長い男はそう言うと、孝子ときの子に、椅子に座るよう勧めた。


「孝子さん、まるでネギだよね」

「しっ! 聞こえちゃうよ!」


 けん制し合う二人に、辛抱強い笑顔を崩さない九条。そして、孝子からひととおりの説明を聞くと、パソコンで調べ物をし始め


「根本さん、他にも、同じ発明を出願している人がいますね。モンゴルのナルさん。饅頭屋のおかみです」

「そんな! ねえネギ先生、同じ発明だなんて、パクリですかね?」


 孝子が喚く。そんな孝子の嘆きを、どうでもよさそうにネギ氏は否定した。


「根本さん、こういうのはよくある事なのです。向こうの方が先に発明を受理されれば、あなたに勝ち目は無いですね。作り方は全く同じですから」

「そんな! きっと、私のネタ帳を見たに違いないのさ、饅頭屋のおかみは……!」

「あなたのネタ帳を、モンゴルからどうやって見るというんです。それこそ、工程日記をネット小説サイトに上げてた、とかしない限り、そんな事は起こりえないでしょうに」


 ネギ氏の言葉に、絶句する孝子。その顔色を見て、きの子は


「孝子さん、まさか」


 孝子は、唇を震わせ


「その、まさかだよ」


 自嘲気味に口角を上げて見せ、立ち上がる。その動きに合わせ、きの子も帰り支度をし始めた。





 その頃、モンゴルのとある町では、猟奇的な事件が連日報道されていた。世にいう「肉まんじゅう事件」だ。犯人は、饅頭屋のおかみだったという。行方不明者多数、町に溢れるタピオカ。その映像は、世界じゅうの人々を、恐怖させ混乱に陥れた。

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