船が見えるまで、あと十秒。いや、五秒。サン、ニ、イチ──。
僕とばーちゃんと、二人だけが暮らしている島に、度々やってくる少女──アカリが、荷物を満載したクルーザー船で接岸するシーンから、物語は幕を開けます。
二人プラス時々一人の、平穏な日常が続くはずだった毎日は、ある日、島に船ごと流れついた漂流者の存在で、少しずつ壊れ始める……。
この物語に登場してくる主要人物は僅か四人。主人公のハジメと、ばーちゃんと、時々島にやってくる少女アカリ。そして、中盤から登場してくる謎の男。
舞台も実にシンプルで、僕とばーちゃんが暮らしている島だけで物語は進行し、そして完結します。
しかしながら、描かれるテーマは実に壮大。
物語の中に紛れ込んだ”異物”により日々は変貌を遂げ、やがて世界の構造にまで及ぶ話に発展していくのです。
もしかしたらこの先の未来、本当にこんなことが起こり得るんじゃなかろうか? と薄っすら考えさせられる結末。そんな結末まで辿り着いた後で、是非、もう一度冒頭部分を読み返して欲しいですね。
きっと、なにか違う見え方があると思いますよ?
さて、筆者の卓越した筆力で丁寧に描かれる本作は、短編でありながらも読み応えは十分。
純文学好き。SF好きの双方に、自信を持ってオススメできるタイトルです。
また、筆者の代表作を知っている方なら、『ああ、何処かで見たような』という既視感を覚えるかもしれません。実際、私もそうでした。
ですが、それが『筆者の意図的なもの』だと聞かされてから、すとんと腑に落ちたものです。
気になった方は、お手に取っていただけると幸いです。
「洞窟の比喩」なる話を思い出しまして。
私たちは、洞窟の中で鎖に繋がれたまま生きている。手足はおろか、首まで拘束されているので、後ろを振り返ることもできない。背後では炎が絶えず揺れていて、壁に映る人影を"現実"として眺めている他ない。
あるとき、繋がれているうちの一人が解放される。振り向いて、これまで"現実"として受け容れてきたものが、炎に照らされた人形の影に過ぎぬと──世界が、洞窟の中だけに留まらぬことを知る。この世を照らすものが、炎に留まらぬことを知る。その"現実"を洞窟の中にいる人々に伝えるが、彼らはまるで聞く耳を持たない。
そう、元より"こう"であったものに、人は違和を抱きようがない。
第6話──オサナイの「その事実をどう受け止めている」という言葉に対する反応がリアルだなぁと思っていて。然して重く受け止めるでもなし、「確かに、そう云われてみれば」とハッとした様子もない。
そりゃあ──物心ついたときから、そういう人が傍に居たのであれば「こういう人もいるのだろう」程度にしか思うまいて。
しかし、ある種の旧人類からすれば、新人類とでも呼ぶべき彼らの特徴は異質でしかなく、さりとて彼らを異質と見なす常識は旧人類が創り上げたフィクションに他ならぬのですが──。
読み通したあなたは、ぜひ二周目をおすすめします(と勧めるまでもないやもしれませんが)。一周目の時点では違和を抱かせぬよう巧妙にカモフラージュされた伏線がいくつもあり、さながら宝探し的な面白さが味わえるのではないかと。
コロナ禍の最中にある世界で生きる現在の我々にとって、この作品が示す未来は「あるかもしれない可能性」の一つです。
休校や外出の自粛、イベントの中止で、他人との直接的接触が避けられる今、こう考える人も多いのではないでしょうか。
「インターネットで誰かと繋がっていなかったら、とても耐えられなかっただろう」と。
本作の主人公ハジメは、生まれた時からばーちゃんと二人暮らし。
そして時々島に物資を運んでくるアカリだけが、ハジメの知る全ての人間でした。
このように、極端に限られた環境ではありますが、ハジメは特段不便を感じていません。
彼の目を通して語られる自然そのものの島の情景は美しく、緩やかな暮らしの平穏に心が洗われるようでした。
そこへ流れ着いた見知らぬ男の存在によって、読者の認識し得なかった事実が明かされていくのですが……
物語のラスト、ハジメがばーちゃんから伝えられた言葉に、皆さんは何を感じるでしょうか。
忘れられない大切なものを手にしていた思い出こそが、人を唯一無二の「個」たらしめる宝物なのかもしれません。
最後の「別れ」の情景に、寂寞とした哀しみを感じました。
僕とばーちゃんが二人で暮らす、平和な島。そこに物資を運んでくれるアカリがいて、3人の世界。そこへ島外から男が流れ着いて……。
まず冒頭の平和な島の様子が描写されますが、これが短いながら平穏を感じさせてくれます。そこに訪れる異分子というなんともベタな導入も、しっかり平穏を味わったあとだと不穏さが増して良いもの。男は伝染病に感染していて、読者は「やっぱり!」となるわけですが、実はその病気は……。
これ以上はネタバレになるので書けませんが、展開もさることながら描写も素晴らしい。日に日にやせ細るばーちゃんの様子や、おにぎりを皆で食べるシーン。何気ない描写が上手で堪能しました。驚愕のラストまでぜひ読んでみてください。