エピローグ

 真紀はヴァーチャル教壇に立っていた。リモートでは多くの学生の様子は分かりづらいが、表情や仕草も反映され遅延もほとんどないヴァーチャル講義では学生の様子もよくわかる、退屈している子の様子もよくわかる。


「こうして、私たちは、SARS-CoV-2関連疾患を乗りこえてきたんですね。

 誰も予想しなかったことが起こり、その中で予測可能なことは極力予測して対応してきました。21世紀はテロと災害、感染症との戦いだったと言っても過言ではありません。22世紀はどんな世紀になるのでしょうか。この中にも将来厄介な感染症と対峙するかたもいるでしょう。適切なやり方で感染リスクを最小にしつつ、これからも向き合うであろう様々な感染症と向き合ってください。

 今日は感染症史の中で、SARS-CoV-2関連疾患の話をしました。

 レポートはSARS-CoV-2の特徴とその影響について、今日の講義の感想質問などをまとめて、専用ボックスに投稿してください。

 何か質問はありますか?」


 人々は、SARS-CoV-2の幾多の襲来で、不特定多数で集まらない習慣が身についていた。おかげで独り者が増え、全世代で精神を病むものが増えた。


 COVID-19以降の数々の苦難の教訓、人と距離を取る、人の多いところ、換気の悪いところにはいないは引き続き保たれ、より広い、換気のしっかりした、衛生的な空間が常識になり、好まれるようになった。カフェで、レストランで、会議室で、オフィスで……国会議事堂は大幅に改修された。会議で、遊びで、カラオケで、デートで……プライベートでどこまで深く関係するかは、その相手とどこまで一心同体になる覚悟があるか、を強く意味するようになった。


 すべてが広い、換気のしっかりした、衛生的な場所かというとそうではない。そうでない建物・屋内は不衛生な場所と見做され、忌み嫌われたが、リスクを承知でそういったところに住むしかない人々も大勢いた。


 また全世代で精神を病むものが増える中、独り者を支える人間関係は重要な政策課題になっていた。家族のあり方、近隣の人々とのあり方、知人とのあり方、仕事・職場・学校のあり方……精神医学・臨床心理学の専門家が侃侃諤諤の議論をし、その中で一定の答えが出てきた。


 ひとつは週休3日制である。「自分のための特別な1日、家族のための特別な1日、地域活動と自己研鑽、自分と家族と地域のための特別な1日」と銘打たれた。


 いまひとつは人間関係に於けるAIの活用である。人を支援するAIサービス・ロボットは存在していたが、AIが人々の行動から様々なパラメータを抽出し、「この人とであれば安心して会える」「この人といることでより素敵な化学反応が起きる」「より良く協働してお仕事ができる」「地域の中でこの人は孤立しがち、いじめに遭いがちでサポートが必要である」といった提案やアラートに人々は頼るようになった。


 真紀が感染症の講義で教壇に立っているのもこうしたAIの紡いだ縁があってこそである。


 このAIの一つの側面に感染症や衛生観念というものもあった。もちろん人と人を結びつけるときのスコアとして使おうとする向きもあった。実際に中国ではそのように使われているし、米英では偏見というフィルタがそのように機能したが、日本では飽くまで感染症高リスク群として捉えられ、さらにその背後にある原因となるパラメータの動力学的分析から、人々が穏やかに支えられるようになった。


 未知の病原体への体制も改められた。より、早期に新病原体の性質がわかるよう、各地に体制が作られた。新病原体の性質を予測する事業には充分な予算が与えられた。真紀はいまその1人として、数理モデルを片手に人類社会にどのような脆弱性があるか、探している。


 3密でなければよい、消毒すればよいという考えは改められた。が、医療への不理解、危機時の混乱した大衆の行動は変わらなかった。しかしこれも、先述のAIや進展した精神科領域の研究によって、より確かな、医学や行政とのリスクコミュニケーションが図られるようになった。


 次に未知の病原体による脅威が訪れるのがいつか、誰にもわからない。


 再び蹂躙されるに違いない。しかし、目の前の患者を診、いざというときは臨戦態勢をとるのが医療者である。国や行政も、事が起こってからしか動けないとはいえ、備えている。


 願わくば全ての人々と医療者・福祉関係者・政府関係者に平穏あれ。


 ————COVID-19の禍の中にいる全ての方に、お見舞いあれ。また、愛よ、勇気よ、希望よ、あれかし。そして、全ての現場の方々に称賛と労いあれ

 

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グッバイ、イソプロパノール 呼続こよみ @YBTGKYM

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