対応

 もはや、クラスター対策や封じ込めの段階は過ぎていたが、そもそも不可能だった。クラスター対策が奏功するのは、一部のスーパースプレッダーのみ感染を広げ、残りのほとんどの感染者は1人前後に感染させるCOVID-19の特徴があったからだ。


 封じ込めも困難だった。サーモグラフィを使って空港で発熱患者をスクリーニングしても、容体が重くならない限り、熱の出にくい新しいSARS-CoV-2には打つ手がなかった。


 COVID-19を経験し、幾度の試練を潜り抜けた社会でも、この新型SARS-CoV-2には無力だった。

 日本政府は「換気とうがい・手洗い、消毒、高湿度が感染機会を"減少"させる」と強調した。加えて疾病予防管理センターと内閣府は、3密とマスク・消毒を引き続き呼びかけるとともに、人々の集まりをクラスターと表現し、ひとつのクラスターを適度に小さくすること(人の集まりの人数を適正にすること)、長距離、中距離の移動は限られた人に、近距離でもクラスターを超えた移動は厳に最小限にするよう呼びかけた。


人々はパニックに陥った。COVID-19以降数多の教訓を得て現在の社会が生まれたのではないのか。COVID-19の教訓が効くはずではないのか。

 従前のSARS-CoV-2より潜伏期間が長く、より無症候キャリアが多く、そして飛沫核感染もするし、長く不活化せず接触感染もする。気管支に違和感を覚える随分前から感染が広がり、気がついたときには周囲に感染が広がっているのだ……。抗体がなかなか付かない上に、急激に重篤化する……。


 Stay HOMEは果たして安全なのか。最低限の工業生産は対策をして継続可能なのか。日用品の購入は安全なのか、テイクアウトや配達は安全なのか。


 信じられるものはほとんどなかった。何が清浄で何が不衛生なのかわからなくなった。


 人は室内では合わなくなった。直接会う必要のある場合は屋外で会うようになり、一方、リモート技術・ヴァーチャル技術は一層の発展を見せた。再び人々が家で会うには、新しいSARS-CoV2が何巡もして、各施設・各家庭に強力な換気システムが普及するまで、人は屋内で会えなかった。


 人と人との関わりは、両極端になった。家族同然の繋がりと、そうでない距離を保ったものと。


 恋人たち、友人達にとって、家族にとって、COVID-19でも言われた2m、それから屋内で会うことが特別な意味を持つようになった。

 それは正式な定義とは違ったが、スキンシップや密な空間で会うことが俗に濃厚接触とよばれ、「相手が感染していて、それによって自分が感染しても、逆に自分が感染していて相手に感染させても、そうして重篤化、死亡することがあっても構わない、運命共同体」であることを意味していた。


 一方、そのような運命共同体を望まない場合——相手に感染させたくない、例え自らが感染していて重篤化していつ死ぬかわからない、それでも相手を考えれば直接近くで会うわけにはいかない……逆に、相手が感染していて、自分も感染してしまったとき、相手の悲しみを思えばこそ、近くで会うことができない……相手に触れることはできないけれど、そのかわり言葉と贈り物が交わされた。ときにそれは短歌・和歌・詩になったり、歌・弾き語りとなって、新しい文化の潮流ができていった。


 商品や手紙を受け取ったあとは、アルコール系消毒薬で念入りに消毒する時期が長く続いたが、商品の消毒後自動梱包出荷が行われるようになり、通販の場合は、消毒を済み証が添付されるようになった。これによって運送に使った箱と受け取った手のみを消毒すれば足りるようになった。


 テイクアウトや出前にはアルコール系消毒液を浸したお手拭きがついた。これで自らの手を拭くほか、パッケージの周囲も拭くのである。

 それでも、人が調理したものについては、感染リスクが残るとされ敬遠された。専用の工場で作られた冷凍デリに人気が集中した。


 公共のスペースではロボットが今までより頻回にアルコール系消毒薬物や界面活性剤ー洗剤であるーに消毒・洗浄した。街は一目に美しく映るようになった。


 衣服・リネンの洗濯の回数も増え、ファッション業界は需要が急増し、COVID-19前からあった技術が再注目され、リモートフィッティングを使った通販も普及した。難点だった試着してみることができないというハードルは、AIを使った全身像イメージを使うことで一気に乗り越えられた。ファッション業界の需要はコスメティック業界、眼鏡業界にも広がった。


 頻回の衣服リネンの洗濯はランドリー業界にも広がった。もとよりランドリー業界は衛生に関わるものだ。規格化された専用のリターナブル密閉ランドリーバッグが配布され、超高性能フィルターのついた吸引機でランドリーバッグの空気を抜き、業者に送られた。


 しかし、ここに至るまで、社会は荒廃を極めた。


 N95マスクや消毒薬が飛ぶように売れ、価格も急騰し、野戦病院と化した混乱の中の病院を更に逼迫させた。因果なことにN95マスクでは充分でなかった。


 消毒薬の買い占め・不足は感染の拡大を招いた。


 感染症が猛威を振るっても、災害は空気を読まない。避難所は高リスクなところとされ、実際、新しいSARS-CoV-2が蔓延した。政府は遅ればせながら、個室避難所の必要性を認識した。折りたたみ式で簡単に組み立てられ、アンカーボルトで固定できる簡易個室避難所が考案された。


 医療者からも多数の犠牲を出しながら、人口の数%を犠牲にして、ようやく終息したのは3年後だった。


 この死亡率はCOVID-19のときより甚大な被害をもたらした。人的にも、工業など産業にも。世界的には第二次世界大戦以来の被害だと言われた。


 少なくなった人手を補ったのがCOVID-19のあと急速ない進展を見せたロボットと、新しいSARS-CoV-2によってめざましい進展を見せたAI技術だった。


 人々の生活はロボットとAIに依存し、その支援なしでは生活が成り立たなくなった。B.Cov.のインターネットと同じである。


 人が少なくなり、強い通貨を持った国以外では債務超過に陥る国も多く出た。そうした国をターゲットに、経済支援という形で、経済戦争が一層苛烈になった。


 新しいSARS-CoV-2とその亜種は、その後数度人類を襲った。

 COVID-19の時のように時間がかかったが、強力・強制的な構内換気システムの重要性を痛感し、HEPAフィルターを使った換気システムや、ULPAフィルターを使った空気浄化システムが普及した。これは期せずして、花粉症や喘息などの呼吸器疾患や呼吸器の感染症を激減させた。


 それが裏目に出た感染症の流行は、また別のお話。

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