第11話 好きだから、頼られたいのよ
肌寒さが勝る日が多くなった今日この頃だが、それでも何故か口内を冷やそうとする人間は多いらしい。アイスクリームパーラーチェーンのレジに立ち、夜月はそんな人間達を少し面白いと思う。
などと言うと大袈裟だし、実際はピークタイムの忙しさでそんな思考に耽溺する場合はないのだが。
「770円ちょうどいただきます。ごゆっくりお過ごしください」
日曜日の午後、対応した客は漫画から飛び出したような風貌だった。藤色の波打った髪。小さいシニヨンを二箇所作り、残りの髪は後ろに流している。瞳はレーズン色。フリルのあしらわれた黒いブラウスに、レトロな柄のスカート。その姿は列に並んでいる時から夜月の目を引いた。伸びた背筋を美しいと思った。
そして、どこかで見たことがある気もした。
翌月曜日の朝、夜月はいつものようにホームルームまでの時間を弥生の席に押しかけて過ごした。週末に作った料理や、今度の文化発表会で弥生が出展するバッグのことを話して、1日学校を乗り切るエネルギーを補充する。
予鈴の直前、夜月は廊下の窓を閉めに教室を出た。開け放したままじっと授業を受けるには、今日は寒い。
同じように廊下に出ている生徒がほかのクラスにもいた。その中で、黒髪を几帳面そうに束ねた眼鏡の生徒が目についた。その伸びた背筋を、美しいと思って。
「昨日は…」
思わず近寄り夜月が言いかけると、彼女は鋭い眼光を向けた。それなりに体格の良い男女と視線を交わしてきたこともある夜月だが、下から投げつけられるその圧には、笑顔も引き攣った。
「昼休み、22教室で会いましょう。言いたいことがあるわ」
それだけ言うと、久仁子は自分のクラスの方へ去っていった。ちなみに22教室とは、習熟度別授業などで利用される空き教室のひとつである。通常のクラスの半分ほどの面積で、特に備品もないため施錠されていないことの方が多い。
「どうかしたの?」
どこか狐につままれたような顔で席に戻った夜月に、弥生が問いかけた。
「いやさっき3組の委員長がさ…」
「あ、くーさん?」
「……知ってんの?」
「あ、ううん。直接は知らないんだけど、綾美ちゃんがお友達みたいで、よく名前を聞くの」
夜月が事情を話すと、弥生は同行を申し出た。最近の弥生は、積極的に夜月以外との交流を深めようとしている。殻に閉じこもっていた頃の奥ゆかしさはそのままに、よりしなやかになったとでも言おうか。夜月は少しだけ、昔捕まえた蛹を思い出した。
教師の声を聞きながら、久仁子のことが気になって仕方がなかった。ようやく長い授業が終わり、夜月は弥生を伴って22教室へ赴いた。
階段を降り、教室の扉を開けると、久仁子だけでなく他に3人の女子生徒が、机を寄せて座っていた。
「来たぞ」
「あ、弥生ちゃんもいるじゃん!」
「……普通あの流れって1人で来ない?」
「ドンマイ、くー。『普通』はアテにならない」
四者四様に夜月と弥生の来訪を認めると、椅子を引いて2人を迎え入れた。夜月はここで弁当を食べるつもりで来ていなかったので面食らう。和やかな雰囲気に押されつつ、自分の教室に弁当を取りに帰りたいと申し出た。背後でまた「普通は」と言われるのが解せなかった。
2人が戻り、仕切り直したランチタイムが始まると、久仁子がピシャリと夜月に向けて宣言した。
「良い?外で会ったのは別人。学校で話題にしない」
目を丸くする夜月に、江が久仁子の背をバシバシと叩きながら補足した。
「くぅは学校じゃこれだから、あんま外の格好でむやみに噂されたくないんだよな!」
江はその現状を面白がっているらしい。その証拠に彼女はよく笑う。一方で自身は染めた金髪とアクセサリーを隠す気がないらしい。
「一応優等生だからね」
綾美が被せて茶化す。彼女もフリルをあしらったブラウスで制服を改造していた。弥生が言うにはこれらは全て手作りらしい。
「一応?」
「立派な優等生ですー」
そう言って綾美は逃げるように弥生の方に身体の向きを変えた。
「私らとつるんでる時点で優等生か?ってところはあるけどねー」
桜子が被せる。短い髪はグレーで、大振りのピアスが耳に揺れる。ビビッドカラーのパーカーが派手だ。
「むしろ林先生からの覚えは良いわよ。不良の更生に勤しんでいるって」
久仁子は自分で言って鼻で笑った。3人はどこか誇らしげに、久仁子の言葉でニヤリとした。
「えっと……結局は『言いたいこと』ってそんだけ?」
「うん」
なら何故自分達はここで弁当を食べているのかと若干悩んでしまう夜月であった。
普段より大所帯な昼食は、賑やかだ。それなのに夜月は少し寂しい。普段2人きりで弥生と過ごすので、ここまで彼女との会話が減ると変な心地がした。夜月は玉子焼きを頬張る弥生をチラと見た。
「急に変わった奴が増えて驚いた?」
桜子が同じように視線を向け、弥生の表情を伺った。
「ううん、よっちゃんのお陰で綾美ちゃんのお友達ともお話できて嬉しいなって」
弥生が花が綻ぶようにそう笑った。綾美や江とは、すでに弁当の中身を交換するような距離になっている。その言葉で綾美達はさらに弥生を可愛がり出す。
「妬いてんの?」
「妬いてませんが」
輪に加わっていない桜子に意地悪く笑われてしまい、夜月はゴボウの甘辛煮を噛み砕いた。
「あ、そういやもう一つ話したいことあった」
久仁子がそう言った時には昼休みも間もなく終わる時刻。本人がまた今度と言うので、夜月もその場は別れることにした。
放課後、バドミントン部に所属する夜月は、体操着に着替えリュックを背負ってから、昼間久仁子の言ったことが気になった。
まだ始まるまでは少し時間がある。久仁子のクラスに行ってみることにした。
(確か3組だったな)
夜月達のクラスより早くホームルームが終わったらしい3組は、すでに生徒の姿はまばらだった。その中に久仁子の顔は見えない。今日はもう部活に行くかと踵を返したところ、トイレから出てくるブロンドを見つけた。
「番長じゃん。どしたん?」
同じ中学出身の江は、夜月を当時のあだ名で呼んだ。
「あ〜……久仁子、さんって、もう帰った?」
「いるよ。2組に」
2組は江と桜子、綾美のクラスだ。江に連れられて行くと、久仁子と桜子がノートにシャーペンを走らせていた。一方は淀みなく、一方は途切れ途切れに流れるその音は、江が夜月を連れ帰ったことに気づくと止まった。江と桜子は、放課後こうして久仁子に勉強を見てもらっているらしい。久仁子曰く、当人たちに任せると後悔すると、夏で身に染みたとか。
「邪魔して悪い。昼、話がもう1つあるっつってたから一応来てみたんだけど……」
歯切れ悪く夜月が切り出すと、久仁子はペンを回して思案すると、軽く頭を下げた。
「勉強中だから、先に部活行ってきてもらっていいかな?その後で合流しましょう」
どうせ綾美の部活が終わるまではいるから、と付け加える。頷いて、夜月は体育館に向かった。
夜月が部活を終えると、体育館前に弥生を含めた昼のメンツが待っていた。中にいると気にならないが、外はすっかり濃紺である。
駅までは皆一緒に帰れるということで、弥生に構う江と綾美が先を行き、夜月、久仁子、桜子が追う形になった。
「妬いてる?」
今度は久仁子から揶揄われた。
「全然」
「なんかさ、くぅってば夜月に当たり多くない?」
やはり輪には入っていなかった桜子は、素朴な疑問として指摘した。お前が言うなと、夜月はこっそり思う。
「んー、似てるからじゃない?」
久仁子はそんな風に言う。首を傾げた夜月を形の良い目で見つめ、こう続ける。
「夜月さん、将来の夢ってある?」
「え?うーん……」
咄嗟に聞かれて答えられるような立派な目標は、今の夜月にはなかった。
「私はね、検事になりたいのよ。それが正義の体現者だと思ってたから」
「過去形?」
桜子が疑問を投げた。
「まあ、きれいごとで済まないところがあるのもさすがにわかる歳なわけだけど。それでもやっぱり目指すところは同じかな」
「すごいね。アタシはそんなに考えられない」
夜月は素直に感嘆した。
「じゃあ、子どもの頃は何になりたかった?」
久仁子は問いを変えた。また夜月は悩むが、こちらは程なく答えが出た。
「んー、3歳の頃は戦隊のリーダーだった。5歳の頃は、王子様だったかな」
「ほら、そういうところよ」
なるほどね〜、と桜子は納得した様子。夜月には何もなるほどではない。
「私はね、美少女戦士になりたかった」
昔から、仲間に何かあれば駆け付けた。手が必要なら貸し、代わりに喧嘩を買った。そうして番長とあだ名された。
弥生はそんなこと構わず愛してくれる。弥生の前でかっこよくありたい気持ちは、彼女の強さをわかっていてもやはりある。
久仁子にとって江と綾美と桜子は高校入って最初の友達だった。あまり人と群れてこなかった彼女にとっては、新鮮な環境だった。
友人達の芯の強さを敬い尊びながら、たぶん、頼られたい気持ちもある。だからきっかけは色々あったものの、勉強を教えてみたりするのかもしれない。それは昔、ヒーローになりたかった頃からの彼女の核。
「たぶん私、夜月さんとも友達になれると思う」
「……それが言いたかったこと?」
駅で別れるまで、もうほんの数分。
「え〜くぅの友達は私と綾美くらいでいいと思ってたのにな〜」
「江は?」
大仰にぼやいた桜子の言葉尻を夜月が捕らえた。
「シエは彼女かなって」
「恋人と友人を兼ねたらいけないことはないでしょう?」
久仁子は短く反論した。
「なるほど。仲良くなれそう」
夜月の呟きを最後に、別々のホームへ階段を降りた。
可愛くて強い女の子は、可愛くて強い女の子が好き @SO3H
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