エピソード3・告白

 ――思えば。

 物心ついたころからだ。親が喜ぶから、詩を書いたんだった。

 かけじくになった、メルヒェンなポエムを思い出す。

 ――だいじょうぶ、にじをわたれば、とどくから。

 それでレインボウ賞をいただいて、父はホクホクしていた。

 忙しすぎて、ごくごくたまにしか顔をあわせない家族だったが、ほのかにうれしい感触がなかったとはいわない。それは確かだった。

 ――おまえが自分で決めたことだ。それが大事だ、桜子!

 たった一人、応援すると言ってくれた、いつかの先生の言葉が私を支えた。

 

 高校二年の秋、詩を賞に応募したら、落選。

 いつも、勝手に私宛の封を切ってしまう母が、今まで何も言わなかったのだから、そうだろうとは思っていた。

 夜、誰もいないキッチンで落ちこみながら、受賞者の言葉を読もうとしたら、そこに見覚えのある顔が載っていた。

 いらっときた。

 同じクラスの春太だった。

 ちなみに受賞作は――

『八重桜、峰にぞ見えし花がすみ、虹をわたれば、扉がひらく』

 私は一瞬思考がとまり、次に怒りがわいてきた。

 春太! これ……まちがいない、私の作品からとったんだ。

 春太は、私の詩をとった――虹どころか、花がすみまで! 私は女子高に落ちたというのに。虹の扉なんて、私には現れなかったのに――

 選評には「目標に届く一瞬の、法悦」という文字が。

 ――私の中に暗い衝撃が走った一瞬だった。

 私はまたも、虹を渡れなかったのだ。

 許せない気持ちと、よくぞ今まで憶えていた、という畏怖の念。

 とにかく春太を呼び出した!


「ああ、本歌取りしたよ」

 春太はケロッとして認めた。

 それにしても、本歌取りとは……あれだ。

 以前からあった歌を、アレンジする。

「オマージュ? インスパイア? っていうの? そういうの」

 春太は言ったけれど、でも、結局のところ、まぜこぜにして、もじったんでしょ?

 ――屈辱。

 私の唇は震えていた。

 春太が許せなかった。

「なんで? なんでそんなこと……」

 春太はじっとこちらを見ている。

「おまえの人生に、オレはいるか?」

 絶句していると、春太は去りかけた。

「オレの中には、桜子、おまえしかいなかったんだよ……」

 と言い残して。

「ふざけんな!」

 他に思いつく言葉もなく、春太の肩をつかみ、頬を張った。

 ショックだったのか、春太はボロボロ涙をこぼした。

「なんで? なんで殴んの……?」

「言われなきゃわかんない?」

 それは、あんたが私の領域にいきなり土足で踏みこんできたからよ。一言の断りもなくね!

「オレ、オレ……てっきり、桜子が喜ぶと思ったから。あれは思い出の……詩だったから」

「悪いとも思っていないのはわかった」

「迷惑だった……?」

「自分ではどう思ってる?」

「そうか……そっか……」

 春太は、目の前から消えた。

 なにそれ、と思ったけれど。

 春太は私を裏切った。

 それに違いはないんだ。

 張った手をぎゅっと握ったら、熱をもっていた。

 痛くはない。

 ただ、熱さだけを感じていた。

 友だちだと思っていた春太を、生身の人をぶったのは、これが初めてだった。


 くやしかったあの日。

 春太にコケにされたと思ったあの日。

 忘れない。

 ぜったいに忘れない。

 他の友達と仲良しごっこができるくせに。

 傷のなめ合いを、思う様してきたくせに!

 何を不幸ぶってんの? 何を言っちゃってんの?

 私の詩は、私の人生なんだよ!?

 わかるわけないじゃん! あんたに、私が強いられてきた苦痛なんて!

 私が、甘ちゃんなあんたの気持ちなんて、知るわけないじゃん!


 その日から、私は家にひきこもるようになった。

 だけど、詩作は続けていたし、目標をひき上げた。

 毎日、まいにち、日々の思い出を引き出しては詩を詠んだ。

 私は趣の異なる詩を百首選んで、せっせと公募に応募した。

 公募は父が取り寄せ、母が新聞受けに積み上げたガイドを拝借した。

 もうすぐ選考発表がとどく頃合いだ。

 ――私は知らせを待った。

 電話はしんとしたきり。

 だけど、新規のメールが来た。

 どういえばいい?

 他に確かなものなんて、何一つなかった。

 ただ、手元に秋田葉太先生のメールアドレスが残っていた。

 長いことそれは古いアルバムの中に、ひそかに眠っており――

 ――うつつより、夢ぞ心にまさりける、想いの翼、いかにとどめん。

 金賞! ……私は!

 うれしすぎて、ガタガタ震えた。

 今、希望の頂に立ったのだ! 報われた!

 ああ、ああ。早く先生に――。


 ――十八歳。

 今、ベッドの中。なぜなら、落ちつくから。

 中学卒業から三年も経って、初めて連絡する。

 高校へ入ってからも、ろくに持たせてもらえなかった、型落ちの端末で、不器用に画面表示を動かした。

 メアドは案外生きていた。

 ぽつん。

 ――受賞、おめでとう。

 飾り気のない一文に、そっと息をつく。あれだけ苦労して文面を打ったのにと、がっかりした。

 でも、メールはもう一通きていた。

 ――ずっと、応援しているぞ!

 今がちょうど季節だといって、小さい画像がくっついてきた。

 よく見えなくて、あちこちいじっていたら、突如ズームアップ! 

 そこには、このごろ夢の中にしか見なかった八重桜が――

 桜餅っぽいなと思って見たら、どっときた。

 緊張がほどけたみたいだ。

 お腹が、ひさびさに空いた。

 今日は、葉桜を見に行こう。

 私は、閉め切っていた窓を開けた。

「なんだ、生きてたのか」

 有給休暇を消化中の父親が、ドアを開けて言った。

「うるさいな!」

「おっと!」

 足元にあるクッションを投げつける。

 反抗期らしいでしょ? 最初は勇気が必要だった。

 でも、うちの父にはこれくらいでいい。

 ドアは閉まった。

 でも、ほんのりと胸が温かかった。 

 いつ反抗期が終わるんだ、とドアの向こうで父親がぶつくさ言っているのが聞こえた。

 あれが父親なら、私がこうでもしかたがない。

 だけど、腐ったりはすまい。

 孤独な時間が、私の時間を、人生を磨いたんだ。

 そう思えた。

 ――願いかけ、燃ゆる希望の青春よ、今ほこり咲く、八重の葉桜。

 誰にも負けない、かけがえのないものとなって、今――葉桜だけど。

 咲いたね。

 本当はずっとずっと、待っていた。

 ようやく本物の春が来た。

 サクラサク!

 そんな単語が頭をよぎり、私は頬がにやけるのをとめられなかった。

 ふいに、掌が熱くなって、私は胸の前で握りしめた。

 ――春太、今ならあんたのこと、許せそうだよ。ぶったりして、ごめんね!

 涙が、こぼれた。


【了】


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葉桜の君に~虹を渡れば~ れなれな(水木レナ) @rena-rena

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