第40話 掃除ロッカー


 何があった?

 部室の中にいるのは青田あおたと血まみれで倒れている錆川さびかわ、そして……


 この部室にはいないはずの倉敷くらしき先輩だ。


 いや待て、先輩がここにいる理由を聞くのは後だ。まず錆川の状態を確認しないと。


「錆川! 大丈夫か!?」

「……大丈夫、です……あと10秒くらい……ですから……」


 その言葉通り、錆川の血は少しずつ体の中に戻っていき、頭の傷も塞がっていく。


「……一分、経ちましたね……」

「アンタ、やっぱり『肩代わり』してたのか?」

「……当然です……私はそのための存在ですので……佐久間さくまくんには、ご理解いただけないようですが……」


 なんだ? 今の錆川の言葉には何か違和感がある。いつもの言葉とは何か違うような……

 いや、それよりも先に確認することがある。


「倉敷先輩、なんでアンタがここにいるんだ?」

「……」


 そう、倉敷先輩がなぜこの部室にいるのかだ。

 俺たちは錆川と手を組む協力者が誰かを突き止めるために部室で待ち伏せしていた。そして錆川と共に倉敷先輩がここにいるということは……


「先輩が錆川と手を組んでいた協力者だってことか? 俺を刺した犯人だってことか?」

「……知らねえな、そんな話は」

「だったらなんでここにいるんだよ!」

「オレからしたら、騎士ナイトくんに聞きてえなあ。テメエが隠していることをよお」

「隠していること?」


「とぼけんな。テメエは奥村おくむらさんをそそのかした“潔白”のバルマーの正体が白髪姫だと知ってて、オレに隠してただろうが」


「……!」


 なんでそのことを? 確かに倉敷先輩は俺が蜜蝋みつろうさんを味方につけたことも知っていたが、錆川がバルマーだという答えにはたどり着くはずがない。むしろそれを知っているという事実こそが倉敷先輩が錆川の協力者である証拠になり得る。

 一方で倉敷先輩が協力者であるなら、錆川がバルマーだという事実は隠したいはずだ。それに錆川を『白髪姫』と呼んで激しく嫌っている倉敷先輩が錆川と手を組むとは考えにくい。


「俺が何を隠していると思ってるのかは知らないが、倉敷先輩はなんで錆川が“潔白”のバルマーだと思ったんだ?」


 まず明らかにするべきなのはそこだ。倉敷先輩がどうやって『錆川=バルマー』という答えにたどり着いたのか。その過程に不自然さがあれば、倉敷先輩はクロだ。


「オレの質問に答えずに逆に聞いてくるたあいい度胸だな。まあいいさ、オレが白髪姫を疑ったのは、騎士ナイトくんとの通話の後だよ」

「俺との通話だと?」

「テメエはミツロウが“潔白”のバルマーの正体を知らねえと言った。だから勘づいたのさぁ、バルマーとやらは仲間にも正体を明かせない人間……白髪姫本人じゃねえかとなあ」

「……!!」


 確かに俺たちも錆川を疑ったのはその点からだ。それに錆川は元々『自分は殺されればいい』と言っていた。それらの情報を知っている人間からすれば、錆川を殺そうとしているのは錆川本人ではないかと疑うのは自然な流れだ。


「そして今日、テメエらが白髪姫を呼び出して何かしようって企んでると知ったからなあ。現場を押さえるつもりで来てみりゃあ、この有様じゃねえか。どうやらテメエも白髪姫を守る気はなくなったらしいなあ? 騎士ナイトくんよ」

「違う! 俺たちは錆川を襲撃するつもりじゃなかった!」

「オレは白髪姫のことは嫌いだがよぉ、騎士くんのことはある程度認めてたんだぜ? だがテメエがオレに隠れてコソコソ動くつもりなら話は別だ。協力関係は解消だなあ」


 まずい、もし本当に倉敷先輩が錆川の協力者ではないとしたら、このまま俺との協力関係が決裂するのは状況の悪化に他ならないし、錆川の協力者なのだとしたらここで取り逃がすわけにはいかない。なんとか引き止めなければ……


「ま、待ってくれ倉敷先輩!」


 だが俺が話を切り出す前に青田が動き出していた。


「アンタ、俺が意識を失っていた時に何してたんだ?」

「え? 意識を失っていた?」

「……」

「俺はこのロッカーの中で錆川が来るのを待っていた。ただ、携帯電話が震えたのに驚いてロッカーを開けちまった後に意識を失って、気づいたら目の前に錆川さんが倒れていたんだ」

「おい、それじゃまさか……」


 錆川が『肩代わり』した相手は……青田だということか?


「倉敷先輩。アンタは青田が傷を負っていた現場は見ていたか?」

「知らねえなあ、騎士くんはオレがお友達を襲ったと思ってんのかい?」

「……少なくとも、俺はアンタに一度襲われてるからな」

「チッ、言ってくれるじゃねえか。なら答えてやるよ、オレが来た時には既に白髪姫が血まみれで、そっちのお友達が起き上がっている状態だったなあ」

「本当か?」

「その質問はオレじゃなく、白髪姫にぶつけろよ」


 確かにそうだ。錆川が誰の傷を『肩代わり』したのかを問い質せば、倉敷先輩の言葉が真実かどうかはっきりする。


「どうなんだ、錆川?」

「……その質問に答えたら、あなたは私を妨害しませんか?」

「なんだと?」

「……佐久間くんは元々、私の主張や行動に否定的でした……私が誰の傷を『肩代わり』したかをあなたが知れば……私の行動を妨害する恐れがあります……」

「アンタ……!」

「蜜蝋さんも……私の元から離れてしまいました……あなたの行動が……私の存在意義を揺るがしてしまいます……ですので……あなたの質問には答えません……」

「つまり、アンタは俺と敵対するっていうことか?」

「敵対なんてしません……私の目的はあなたと最初に出会った日から申し上げていたはずです……」

「『みんなの苦痛を引き受ける』……」

「そうです……そしてあなたの苦痛も引き受けたいと思っています……だから敵対なんてしません……ですが私の妨害をしてほしくないとも思っています……」


 『敵対しない』と言いながらも、錆川の言葉に以前とは違う刺々しさが感じられた。どうやら質問には答えてくれなさそうだ。


「ハッ、白髪姫は騎士くんを解雇したってことですかい。それならオレは元通り白髪姫を追い出すために動きますかね」

「ま、待ってくれ倉敷先輩! 話はまだ……」


 だが俺の言葉は、倉敷先輩の前蹴りで遮られた。


「ぐあっ!」

「触んじゃねえよ。テメエはもうオレとも白髪姫とも協力関係にねえんだ。立場弁えろよ」


 そう言って、倉敷先輩は部室を出て行ってしまった。


「ぐ、く、くそ……」

「佐久間くん……」


 錆川が俺に触ろうとするのを見て、俺は痛む身体を無理やり動かして離れる。


「おい佐久間! 無理に動くな!」

「いや、今は無理に動く必要があった。これ以上錆川に苦痛を『肩代わり』される前にな」

「……」


 そうだ、俺が錆川の行動を否定するなら、俺自身の苦痛はもう錆川に一切『肩代わり』させない。それが筋だ。


「行くぞ青田。お前の話は後で聞かせてくれ」


 青田に肩を借り、俺たちは部室を後にした。


 ※※※


「……結局、協力者が誰かはわからなかったということですの?」


 B組の教室で蜜蝋さんに事情を説明すると、少し顔を曇らせていた。


「申し訳ない……」

「あ、いえ。責めてるわけではありませんわ。佐久間くんたちに危ない橋を渡らせていたのはわたくしの方ですから」

「だけど結果的には何も収穫がなかった上に、倉敷先輩との関係もこじれた。状況は悪化したと言っていい」


 どうしたものかと頭をひねっていると、青田がズボンの後ろポケットに手を伸ばしていた。


「あ、やべ。持って帰ってきちまった」

「ん、何をだ?」

「いや、さっきロッカーに隠れてたら中に変なもんが入ってたんだよな」

「変なもん?」

「ほらこれ。なんか紙の束が入ってて、隠れる時に邪魔だったからポケットに突っ込んでたんだけど」


 そう言って、青田は筒状に丸めたA4サイズの紙の束を取り出す。


「これは……!!」


 そこに書かれていたのは、『エピローグ』という題字と『佐久間さくま裕子ゆうこ』の名前だった。

 中に目を通すと、確かに姉さんが書いた小説の登場人物の名前がいくつも出てきている。

 しかし……


「どういうことだ、これは?」

「どうなさいましたの?」

「違う……」

「え?」


 俺は以前、錆川の家で姉さんが書いた小説のエピローグを見せてもらっていた。

 だけどこれは、違う。


「俺が知っている小説の結末と違う……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

錆川紗雨は今日も深手を負う さらす @umbrellabike

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ