第39話 待ち伏せ


 放課後になり、俺と青田あおたは一年D組の教室で作戦を再確認していた。


「いいか青田。蜜蝋みつろうさんには既にSNSで錆川さびかわにメッセージを送ってもらっている。『話したいことがあるので、午後3時半に元文芸部の部室に来てください』とな」

「じゃあ俺たちは部室の外で隠れて錆川さんと一緒に来る協力者を待ち構えるってことだな」

「いや、錆川は協力者と一緒には来ないだろう。錆川は自分が“潔白”のバルマーであることを蜜蝋さんに隠している。おそらく錆川自身は一人で来るつもりだろうが、協力者が錆川の指示通りに動く人間とは限らない」


 蜜蝋さんが錆川を呼び出した時点で、協力者は自分の正体が露見する可能性を考えているはずだ。それに錆川がバルマーだと発覚するのは協力者にとっても都合が悪い。


「協力者は錆川と蜜蝋さんが出会う前に行動を起こすかもしれない。だから俺は前もって部室の掃除ロッカーに隠れて待ち構える。青田は外で見張って、怪しいヤツがいたらスマートフォンでメッセージを送ってくれ」


 最悪の場合、部室内でその協力者と鉢合わせるかもしれない。あくまで俺に付き合わせている蜜蝋さんや青田にそんな危険な役目を押し付けるわけにはいかない。


「なあ佐久間さくま……お前まさかその協力者をその場で取り押さえようとか思ってないよな?」

「え?」


 てっきり青田もそのつもりで協力してるのかと思っていたが、珍しく真剣な表情で俺に顔を寄せてきたので言葉が出なかった。


「お前なあ、そいつに一度刺されてるってことを忘れてるのか? 仮にお前が部室でそいつと鉢合わせたら、向こうからしたら罠にかけられたと気づいてお前を襲う可能性すらあるだろ」

「い、いや、それだったらロッカーに隠れたままで協力者の正体だけ掴めば……」

「だからそれが危険だって言ってんだろ。隠れているところを見つかったら逃げ場がねえんだぞ。お前は部室の外で見張ってろ」


 そして青田は右手の親指で自分の顔を指す。


「部室で協力者の正体を暴く役目は俺に任せておけよ」


 ……もしかしたら、俺は無意識に自分が傷つくなら別に構わないと思っていたのかもしれない。錆川の行いを否定しておきながら、俺も『自分が危ない目に遭うならそれでいい』のだと、そう思っていたのかもしれない。


 それが青田の思いを踏みにじっているとも知らずに。


「そんなブルブル震えた顔で言われても格好つかないな」

「うっせえ!」

「だけど、ありがとう」


 青田の肩に手を置いて、意志を伝える。


「……頼んだぞ」


 俺は錆川とは違う。俺を信頼している人の意志ごと自分を踏みにじるなんてことはしない。



 ※※※



 午後3時。

 俺は部室棟の文芸部のひとつ上の階の廊下で待機し、蜜蝋さんに電話をかけていた。


「もしもし佐久間だ。今どこにいる?」

『言われた通りB組の教室で待機してますわ。5分前には出ようと思ってますの』


 蜜蝋さんにはギリギリまでB組に残ってもらうように指示した。人が多い場所なら向こうも手を出しにくいだろうし、錆川の動きも掴める。


「錆川はA組にいたか?」

『授業が終わった直後にはお見かけしましたが、今はいませんね』

「わかった。俺と青田は引き続き誰が来るか見てる。非常事態が起きたらすぐ連絡するからその場合は部室棟から離れてくれ」

『わかりましたわ』


 電話を切って改めて廊下から下を見下ろす。錆川が既に教室を出ているならそろそろ部室棟に現れるかもしれない。



 5分後。


「……」


 まだ錆川の姿は見えない。さすがにあの白髪の姿を見間違えるはずもないから、本当に来ていないのだろう。

 それに文芸部のある階に行く生徒も現れない。もしかして罠だと気づかれたか?

 青田からの連絡もない。仮に俺が見逃していたとしても部室に誰かが来れば青田が連絡する手筈になっている。それがないということは誰も来ていないんだろう。


「……あ!」


 わずかに声を出してしまったが、部室棟に歩いてくる白い髪の女が見えた。今にも倒れそうな細い体も青白い顔も間違いない、錆川だ。


『錆川が現れた。部室にはまだ誰も来ていないのか?』


 青田にメッセージを送るが返信はないし、既読もつかない。おかしい、お互いの無事を確認するために返信は必ず行う取り決めだったはずだ。

 まずい、もう錆川は階段を上ってしまっている。もしかして協力者は動かなかったのか? 本当に錆川は一人でやってきたのか?

 どうする? そろそろ蜜蝋さんもこっちに来る。青田からの返信がないと、蜜蝋さんを止めるべきかわからない。いや、非常事態が起こったと考えた方がいい。

 蜜蝋さんに『教室に留まっていてくれ』とメッセージを送り、階段を下りる。


「……え?」


 なぜか部室の扉は開いていた。錆川が開けたのだろうが、扉を閉めずに中に入ったのか?


 ……まさか!


「くそっ!!」


 錆川が扉も閉めずに部室の中に入るとしたらどういう状況が考えられるか? 答えはひとつしかない。中に重傷者がいた場合だ。つまり……


「青田ぁ!!」


 部室の中に飛び込んだ俺の目に入ってきたのは。


「……え?」


 血まみれで倒れる錆川を見下ろす青田と……倉敷くらしき先輩の姿だった。

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