はるさめ
ニョロニョロニョロ太
はるさめ
僕は晴れた空が嫌いだ。
うんざりするほど優しい日差し。
目に焼き付くほど見た青い空。
顔をしかめたくなるほどの明るさ。
陰鬱になるほどの、いい天気。
僕は生まれてこのかた雨に触れたことがない。
とんでもない、晴れ男だ。
みんなはあまり雨が好きじゃないけど、僕はずっと雨に憧れてる。
舞台が始まるときのように薄暗くなると、ひんやりした空気が鼻をつつく。
そしてしばらくすると、光を反射しながら小さな線のように降って、地面や窓を叩く。
窓越しには雨を見たことがある。壁越しには雨を聞いたことがある。
なのに、雨を触れたことはなかった。
雨はどのくらい冷たくて、どのくらいやわらかくて、下から見上げると、どんな景色なのか。
いくら憧れても、いくら雨ごいをしても、てるてる坊主を逆さにつるしても、飴を食べてみても僕の上に、いつも雲はないし、いつも太陽が光っている。
俺は雨が嫌いだ。
鬱陶しくまとわりつく湿気。
耳にこびりつくほどの雨音。
いつも片手をふさぐ傘。
鼻で笑いたくなるほどの、雨。
俺は太陽の光を直接浴びたことがない。
とんでもない、雨男だ。
弟は雨に憧れているけど、俺は太陽の光に憧れてる。
息を吸うと、乾いた地面のにおいがして、目を開けると覚めるような鮮やかな青と明るい風景。
耳をすますと、虫の鳴き声や人の話し声が聞こえる。
青空は、窓越しか画面越しにしか見たことないけど、きっともっと鮮やかで、綿みたいな白い雲があって、光にあふれてるんだろうな。
そんな中で乾いた地面に座って、いっそ寝転がって、太陽の光をいっぱいに浴びれたら、どんなにいいだろう。
だけど、いくら憧れても、てるてる坊主をいっぱいつるしても、傘を手放してみても、僕にいつも雨が降る。
「行ってきます。」
と
空は晴れでも、雨でもなく、雲の高い曇り。
陽雨がそろって家を出るときはいつもこうだ。
晴れになるわけでもなく、雨になるわけでもない。
その度に雨はがっかりするし、陽はわかりきったようにため息をつく。
話す話題も気力も無い兄弟が黙って歩いていると。
「あ!」
砲弾のような声が背後から飛んできた。
駅に向かう学生やサラリーマンが耳をふさぎ損ねて、ひっくり返る。
陽と雨の耳にもかなりのダメージがあったが、幼いころから慣れていたので、立ち止まらずに歩く。
と、今度は砲弾のような勢いのものが物理的に飛んできた。
「おっはよー! はるさめ兄弟!」
声の主がふたりにバックアタックを繰り出したのだ。
筋力も体重も持ちこたえる気もない雨が吹っ飛ぶ。
陽はなんとか持ちこたえて、
「おはよう、ゐゑんちゃん」
1人でにぎやかな幼馴染にあいさつした。
雨が復活(ついでに周りの人たちも復活)したところで、3人で歩き始めた。
「なんで曇りなのかなって思ってたけど。
そっかー、今日は陽くんも一緒だからだったんだね。」
2人に歩幅を合わせながら歩くゐゑん。
午後の降水確率は90%だが、ゐゑんだけが傘を持っていない。
彼女にとって、雨の晴れ男はどの天気予報より確実なのだ。
ただ、天気予報がどうでも、陽は外出の時必ず傘を持つし、
滴は雨が降るのを待ってるので必ず傘を持っている。
仮に今日みたいに晴れ男の雨と、雨男の陽(ものすごく紛らわしい)とが一緒でも、曇りになるだけだ。
晴れになるわけでもなく、雨になるわけでもない。
のに。
目の前を細い何かが落ちた。
ハッと雨が空を仰ぐ間にじわじわとあたりの景色が明るくなっていく。
陽が空を見ると、雲が浮かんでいる青から、細い雫がいくつも降っている。
その雫は、太陽の光に照らされて、キラキラと光って、ポツンと落ちた。
「これって……。」
陽が、空の青さを目に焼き付けながらつぶやく。
「天気雨だ……。」
雨が落ちてくるいくつもの雨粒に目を輝かせる。
その天気は思っていたほど乾いてないし、思っていたような音はしないけど。
思っていた以上に、きれいな景色だと思った。
「あ!」
ゐゑんが空を指さして叫ぶ。(音量は調節されていない。)
「見て! 虹!」
言われた方向を見ると、そこにはうっすらと、でも確かに虹がかかっていた。
ぼんやりと空を見る陽雨に、ゐゑんがにこりと笑って言う。
「これでたまには、晴れ男、雨男でよかったって、思えるんじゃない?」
その言葉に、陽も雨も、しっかりとうなずくことができた。
はるさめ ニョロニョロニョロ太 @nyorohossy
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