握手

7.

 図書館が閉館になり、私の足は、いつの間にか研究室へと向かっていた。

 ドアをそっと開けると、鳥羽は椅子の上でうとうとしていた。

 そういえば……堂本教授もこんな風に、読みかけの本を片手にうとうとしていたっけな、と思い出す。

 あの頃は、そんな姿すら愛しくてたまらないものだった。

 本当に幸せだったし、最高の恋だったと今なら胸を張って言える。

 堂本教授の面影が、またこの部屋に現れても、もう、戸惑わない。

 私は鳥羽の元にそ、と近寄って……眼鏡ケースから老眼鏡を取り出すと、それを彼にかけてみた。

 やっぱり、なかなかに似合っている。堂本教授にも似ているかもしれない。

 思わずくすくす笑っていると、鳥羽が目を覚ました。

 少し、寝ぼけている。

「……あ? あぁ、君か──って、うん?」

「その眼鏡、やっぱりアナタが持っていた方がいいと思います」

 鳥羽は一瞬、キョトンとした顔になったけど……ゆっくりと、微笑んだ。

「参ったな」

 そんな年に近付いてきてるんだな、やっぱり──なんて呟くと、眼鏡を外し、じっくりとそれを見つめる。

「これだよ。……うん、これだった。この老眼鏡が、あの人の象徴みたいなものだった」

「よく、似合ってましたよね」

 静かな時間が、部屋に満ちる。

 二人、穏やかに、微笑む。

「僕は、穴を埋めたかったんだ、君で」

「はい」

「君とやり合う事で、教授の消えた……この空っぽの部屋を、埋めたかったんだよ」


 ──お互いの持つ、思い出と、教授への想いで……。


 私は、ゆっくりと、頷いた。

「これから、またどんどん埋めていけばいいじゃないですか」

 また、鳥羽はキョトンとした顔で私を見つめた。

「この部屋は、沢山の、キラキラとした思い出で埋まってます」

 だから、私たちから、教授の存在は消えたりなんかしない。絶対に。

「私たちは、教授の事が大好きだった。そんな二人が巡り会えただけで、慰めになるとは思うんです」

「急にどうしたんだ? あんなに僕の事嫌っていただろう?」

 鳥羽は苦笑いを浮かべて、こちらを見つめる。

 困った様な、嬉しい様な、そんな、笑みで。

「私、また毎日この研究室に通います」

「それで?」


「アナタと、もっと堂本教授との思い出を、埋め尽くしたいんです」


 鳥羽は小さく、クスリと笑った。

「これから、もっと……ね」

「きっとこの部屋に溢れ返りますよ。二人分の、思い出は」

「ははっ。そうだな。……うん、そうだ」

 私は一歩、歩み寄る。

「これから、よろしくお願いします」

 手を、差し伸ばす。

「……あぁ、よろしく」

 私たちはやっと、手を繋いだ。


 その繋いだ手の温もりを、私は一生忘れない。


 全てが盲目の星が仕組んだ事だとしたら、なんとなく皮肉に感じてしまうけれど……。

 でも、今ならそれもありなんじゃないかと思う。

 別れがあり、出会いがある。

 それが人生だ。

 そして……私たちは、前に進まなきゃ、いけない。

 失った人の面影を時に、振り返りながら。


 今度は二人、手を、繋いで……──



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盲目の星 @xxkatori

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