覚悟
6.
「ダメだ! 決まらん!!」
清美の大きいぼやき声が図書館に響いて、思わず私は眉を潜めた。
さっきまでの動揺をなんとかしたくて、清美を図書館に連れ込んだは良かったけど……どうにも彼女は一向にやる気が起きないらしい。
思わずたしなめる。
「でかい声出さないっ」
「だってさー、近代文学選んだのはいいけど……こう、進級論文とかってなると、何に絞っていいか分からんよー」
「無難に夏目漱石とかにしたら?」
はい、と「我輩は猫である」を渡してやる。
「いやいや。無難過ぎて突き詰め様がない」
「もーっ、結局やる気ないだけじゃない」
小川未明の参考文献をいくつか手に取っていた私は、ひとまずそれを借りようと受付けの所まで行こうとした──が、引っ張って引き止められる。
「ところで春樹ちゃん」
「は? 何?!」
「昨日の夜、鳥羽教授とばっくれたよね?」
「へ? あ、あぁ、うん……」
「まさかとは思うけど──」
まさかとは……あの、「まさか」?
「そんな訳ないじゃない!!」
今度は私が大声を上げていた。
「あーやーしーいーっ!!!」
清美が掴み掛かってきたので、思わず身構えると、本がどさどさと足下に落ちた。痛い。
でも、清美はそっと、私を抱きしめていた。
「……あー、それでも良かったよ」
「え? 何が?」
「私も鳥羽教授はいいなぁ、って思ってたけどさ……それより、春樹が新しい恋して元気になってくれる方が、ずっといいもん」
「清美……」
清美の言葉は嬉しかったけれど、大きな誤解をされている。
「いや、昨日はラーメン屋に行っただけだし、それに……私、鳥羽教授の事は別に……」
そう……私はまだ、堂本教授が好きだ。それに変わりはない。
さっきの研究室の出来事で、それは確信になった。
私はまだまだ、堂本教授の残像を、どこかで必死に探している。
だから──
「うんうん。大丈夫、大丈夫。私、応援するからさ!」
清美がわざと涙を拭う仕草をして、私の肩をぽん、と叩いた。
「あーと……だからね、清美──」
「今度はちゃんと告白するんだぞっ。おじいちゃん先生の時だって、結局影できゃあきゃあ騒いでただけじゃん? 人生いつ何が起こるか分からないんだからっ! ねっ、春樹っ!」
何が起こるか分からない。確かにそうだ。
私は……恋に恋していると勘違いしたまま、大切な人を失ってしまったのだ。
「……ありがと、清美。だけどね、私……やっぱりまだ堂本教授の事が好きなの……。忘れられないの」
「春樹……」
「でも、だからと言って、もう……泣かないから」
教授の姿も、声も、優しい瞳も……今は全て、私の心の中で、息づいている。
恋とは、時に自分自身すら追い込んでしまうものだけど。
それも、例えば盲目の星の運命の元……宿められている事だとしたら──
受け入れるしか、ないのかもしれない。
愛していた人の「死」、すらも。
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