銀杏

5.

「わ。ホントに持ってきたんだ」

 翌日、私は仏頂面で鳥羽に茶わん蒸しを持って来ていた。

「どうぞ」

「で、なんで茶わん蒸し?」

「堂本教授が『あれは美味い』って言ったからです」

 鳥羽はすぐに吹き出した。

「君は本当に、なんでもかんでも教授基準なんだな」

「悪かったですねっ!」

 やっぱり鳥羽という男にはイライラさせられるけど……でも、昨日のラーメン屋の一件で、私は少し、彼の見方が変わっていた。

 少なくとも、あの時、教授を失った者同士……同じ悲しみを共有したのだから。

「……銀杏しか入ってない」

「堂本教授が銀杏並木好きだったから」

「だからってこんな嫌がらせみたいに入れるこたぁないだろう!」

 堂本教授にも、おんなじ様な茶わん蒸しを作ろうとしてた自分が恐ろしい。

 まあ、教授なら……絶対文句一つ言わずに食べてくれただろうけど。

「美味しくないですか?」

「銀杏がごろごろしてて、茶わん蒸しの機能を果たしていない」

 そうやって文句を言いつつも、鳥羽は全て平らげた様だった。

「二日酔いにはなかなかに厳しいものだったな」

「次、頑張ります」

「次はちゃんとレシピ見て作ってくれ」

 コトリ、と、水筒からあったかい緑茶を差し出す。

「え?」

「これの後コーヒー飲んだら、それこそ二日酔いが悪化するかと思って」

 鳥羽はにんまりと笑った。

「あんなに僕の事、拒絶してたのに……」

 そう言われて、なんだか気まずくなって視線を反らした。

 確かに。私は分かりやすい程、鳥羽の事を嫌っていた。

 でも……昨日の酔っぱらった鳥羽の本音には、混じり気のない──ただただ純粋な、教授への「想い」があった。

 私と同類なんじゃないかと、思った。

「……だって、それは──教授の、眼鏡……くれたから……」

 しどろもどろで応えていると、鳥羽は私の目の前で手を伸ばしていた。

「眼鏡」

「はいっ?!」

「昨日渡した眼鏡、持ってる?」

 当然の様に言われて……ちょっと悔しかったけれど、私は自分のバックから堂本教授の眼鏡ケースを取り出した。

 鳥羽はしばらくそれを眺めていたけれど……おもむろに、ケースを開けて、老眼鏡を取り出した。

 そして、こともあろうか──……それを、かけた。

「似合う?」

 バッカじゃないの?! と言って奪い返そうとしたけれど……ふ、と堂本教授の残像の様なものが被って、何も、言えなくなってしまった。

「僕も、そろそろ老眼鏡をかける年に近付いてきたなぁ。教授も僕ぐらいの年で、これをかけていたからね」

 そう言いながら新聞を読む姿。

 あり得ないけど……鳥羽と堂本教授が被る。被ると言うか、教授そのものが、そこにいる様だった。

 彼の、教授と過ごして来た日々が、私の眼前に広がった錯覚すら覚えた。

「かっ、返して下さい!!」

 私は無理矢理眼鏡をひったくった。

 酷く、動揺していた。

 だけど、あの部屋には確実に……私の知らない堂本教授がいた。

 鳥羽の知っている堂本教授。

 私の知っている堂本教授。

 まるで何かで時間が繋がった様な、そんな、錯覚。

 教授に会いたくなった。

 本物の、本当の、私が心から愛していた堂本教授に、会いたかった。

 会いたくて、泣きそうだった。


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