第52話 無能なら無能らしく

「見てください、リベル様!」


 翌日。届いたばかりの号外を握り締め、私は書斎でモーニングティーを嗜むリベル様の元へ駆けつけた。


「陥落したか」

「はい……正午に、暴君クルエルの処刑が行われると」


 言いながらあの小生意気な子どもの顔を思い出し、いたたまれなくなる。

 確かにあの子のことは好きじゃないけど、死んで欲しい訳でもない。なんなら暴君として処刑されそうになっているのも、元をただせばリベル様のせい。

 それなのに——


「そうか」


 と、なんの感慨もなくリベル様は応えた。


「不満そうだな?」


 黙り込んでしまった私に、冷たい視線が突き刺さる。


「手放しで喜べる状況じゃありませんから……だけど、私がリベル様を誘拐したせいだと分かっています」


 私が動かなければ革命の日はもっと先だったし、処刑されるのもリベル様だ。

 先ほどはクルエルが処刑されるのはリベル様のせいだなんて思ったけど、私にだって責はある。

 リベル様のために、何も分からない子どもを見殺しにした責任が。


「今日が最後になるかもしれませんね」


 窓辺に立って、王都の方角を見やった。

 革命の狼煙も、民衆の怒号もここからでは分からない。


「私は無事ここにいる。これで貴様の願いは叶ったはずだが?」

「……そう、ですね。でもなんでだろう、このまま終わる気がしないんです」


 これは本当になんの根拠もない予感。

 だけど多分この予感は間違っていない。


「だってよく考えれば、私はまだループの事を何も知らないんです。処刑がトリガーなのかなとは思いますけど」

「ではこの後陛下の首が飛べば、全て最初からになると?」

「はい。飛ぶのはリベル様の首でもおそらく、同様に」

 

 私がそう答えれば、考え込むにようにリベル様は顎に手を当てた。

 チクタクと、時計の針は無情にも一定のリズムで刻まれていく。


「あの、これはただの独り言なんですけど……リベル様はここに連れてこられて、退屈でしたか?」

 

 このまま悩んでも仕方ないと、私は椅子を一脚引っ張って、リベル様の近くに腰掛ける。


「私は、この平穏な日々も悪くないなと思っています。ただ毎日寝て起きてご飯を食べて、本を読んだり考え事をしたりゲームしたり……こんな時間の過ごし方は初めてというか、久しぶりというか……」


 思えば私がレヴィーア・フローディアになってから、怒涛の日々を過ごしてきた。

 リベル様を失ったショックでぼんやり過ごした時もあったけど、あれは平穏とは程遠い。


「ここに来た当初は思い悩んでずっと気分が沈んでいたけど、リベル様とゲームをした数日は本当に幸せでした……でもリベル様は一度も笑ってくれませんでしたね」


 私の脳裏には、前回のループで見たリベル様の笑顔が焼きついて離れない。

 

 ——リベル様に生きていて欲しい。

 ——リベル様に心の底から笑って欲しい。

 

 この二点が私の行動原理であり目標だったけど、どうやらこの二つの願いは相反するらしい。

 今目の前で生きているリベル様はちっとも嬉しそうじゃなく、あの燃え盛る王城では心からの笑みを浮かべていた。


 ああ、本当に何もかもままならない!


「だから、今回も私は失敗したんだなと思いました。

 私って本当にダメですね。何回やり直しても反省しても、すぐに調子に乗って成長できなくて……それで何度も失敗を重ねて思い悩んで……物語で見た主人公のように、絶望を経験して別人のように冴え渡る! なんとこともなくて」


 本当はゲームや漫画の主人公のように、ズバッとなんでも解決でにるものだと思っていた。私には知識があるのだからって。

 でも今目の前にいる人達も出来事も全部『現実』で、何一つ思い通りになんてならないと幾度となく突きつけられている。


「リベル様と話すたびに、リベル様はやっぱり凄いな、憧れるなって惚れ直すばかりです」


 長々と語りすぎて、だんだんと気恥ずかしくなってきた。

 えへへと頭を掻いて「こんな独り言興味ないですよね」と、謝ろうとした時——


「無能なら無能らしく振る舞ったらどうだ?」


 今まで黙っていたリベル様から、唐突な暴言が飛んできた。


「えぇ!? リベル様ってば厳しい!」

「事実を言ったまでだ。貴様は私と違って有能ではないからな。一人で何もかもできるわけがないと、自覚するべきだ」

「ただただディスられてるだけなのに、リベル様が言うとなんか説得力ある……!」

「客観的な意見を述べたまでだ」


 なんて事ないように言い放ち、紅茶に口をつける。そんな傍若無人なところがまさにリベル様!!

 でも、あれ? これってもしかして、誰かに頼れっていうアドバイス……?


「ところで、今日は質問なしで良いのか?」

「良くないです!」


 私の予感通り今日でループが起きても起こらなくても、王の処刑で世界が変わる。

 こうやって質問できるのも最後のチャンスだろう。


 最後の最後くらいゲームに勝って質問を二回したいところだけど……


「あっ!!」


 良いこと思いついた!

 真っ当に戦って勝てないなら、誰かの手を借りれば良いんだ!

 リベル様もそう言ってたし!


「魔法でこっち見ないでくださいね!」


 そう言い残し、私は駆け出した。


「メイーメイーー!!」


 これならもしかしたら、勝てるかもしれない!




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踏んでくださいリベル様!! 〜推しが処刑エンドばかりの悪役なので、空気令嬢だけど救ってみようと思います〜 ピギョの人 @LuinaRajina

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