第51話 ………愚かな

 私もレヴィーア・フローディアにならって、日記をつけてみようと思いいたって、筆をとった。

 新しく日記帳を用意するのはなんだか面倒だったから、ちょっと気まずいけど続きから記していこうかな。


『今までありがとう。これからは私がレヴィーア・フローディアとして頑張るよ』


 一ページ空けて、真ん中にそう書いた。


 日記なんて小学生以来だけど、なんだかレヴィーアとしての第一歩をようやく踏み出せる感じがして気合が入る。

 とりあえずあったことを軽くまとめて書いてみようかな?



 ーーーーーー


 今日はリベル様としりとりをした。

 カードゲームは勝てる気しなくて、でも他のゲームも思いつかないからとりあえずしりとり。

 でも私程度の語彙力で勝てるはずもなくあっさり負けた。


 一ゲームにつき質問は一個。

 だから今日できる質問は一個だけ。

 聞きたい事は沢山あるけど、ありすぎて何を聞けば良いかわからなくて、とりあえず軽いジャブとして選んだ質問が……


 Q. リベル様の好きな食べ物はなんですか?

 A. チョコレートとチーズだ。チョコレートは執務の合間でも、手軽に糖分を摂取できるのが良い。

 チーズは乳の種類や熟成方法により、味が変わる奥の深い食べ物だ。今まで様々なチーズを食べてきたが、アルス山脈のシェーブルヤギのチーズは格別でな、国庫から補助金を出したほどだ。


 それからリベル様は大真面目にチーズの熟成と味について、暫く講義を続けた。オタクの早口解説とまでは行かないけど、それに近いくらいの熱意は感じられて、深いこだわりがあるのが良くわかった。

 それにしてもわざわざ補助金を出す程チーズ推しだなんて、知らなかったけど。

 ……あれ? 国庫からってもしかして職権濫用?



 ーーーーーー


 昨日の質問はだいぶ軽いものだったから、今日はもう少し踏み込んで行こうと思う。

 とりあえず選んだゲームは、遊戯室にあったビリヤード。

 ビリヤード経験は片手で数えられる程度の素人並みだけど、リベル様だってワンチャン素人でしょ! なんて期待した私がバカだった。


「まさかその程度で挑んでくるとはな」

「だ、だって出来ないかもしれないと思って」

撞球ビリヤードは貴族の嗜みだ」


 というやりとりと一緒に、心底冷めた目で見下ろされた。ありがとうございますご褒美です!!


 Q. レヴィーア・フローディアの事、どう思っていましたか?

 A. 彼女は婚約者であったが、私にとっては戦友のようなものだった。恋愛としての感情はないが、私の過去を知る者として、特別な存在と認識している。そして、私の邪魔にならぬ様用心して過ごす賢明な女だ。


 リベル様は過去を懐かしむ様に、視線を遠くへやった。その表情が少し柔らかく見えるのは、きっと私の気のせいじゃないと思う。

 

「私は今後レヴィーア・フローディアとして生きるつもりです」


 そう宣言して、彼女が残してくれた手紙をリベル様に渡した。

 今の状況を説明するには、こうするのが一番良いと思ったから。

 彼女の思いをリベル様に知って欲しいと思ったから。


 だけどその手紙に目を通したリベル様は、ただ一言「……愚かな」と呟いて、くしゃくしゃに丸めてしまった。

 


 ーーーーーー


 今回のループが始まって十日経った。

 たったの十日と言うべきか、もう十日というべきか。このまま平穏に日々を過ごせれば良いけれど、でも私は知っている。

 三回目のループで、リベル様が投獄された際、革命が起こるまでちょうど十日。

 事態が動くまで、きっと残された時間は少ない。


 今日選んだゲームはコイントス。

 リベル様が投げて、私が表か裏か当てるだけ。

 二分の一で勝てると踏んでの勝負だけど、やっぱり負けてしまった。

 

 Q. リベル様は二重人格ですよね?

 A. 概ねそうだと言えるな。

 Q. じゃあ……

 A. 今日の質問は一つだけだが?

 Q. あっ!


 ただの確認のつもりが、質問とカウントされてしまった。レヴィーア一生の不覚!

 焦りが出てしまったのかもしれない。落ち着かなきゃ……



 ーーーーーー


 今日こそ昨日聞きたかったことを聞こうと思って、朝一にダーツで勝負を仕掛けた。

 ダーツなんて初めてだけど、負けても質問は一つできる。早く答えを聞くためだけに、爆速で負けてゲームを終わらせた。


 Q. 今はどっちのリベル様ですか!?

 A. ……どっちとは?


 私が雑に負けたせいか、リベル様の機嫌が心なし悪そうに見えた。


 Q. ほら、私のこと『貴女』って呼ぶでしょう? でも普段のリベル様は『貴様』って呼んでて、もう一人のリベル様の方が『貴女』って呼ぶの。だけど、今は『貴女』だけど態度は普段のリベル様に近くて……えっと……


 ダメだ、呼び分けが無さすぎて何言ってるか分からなくなってきた。

 今目の前にいるのがどちらのリベル様かなんて、気にするべき事じゃないかもしれない。だけど目の前にいるのが誰なのか分からないのは、やっぱり落ちたかないわけで……


A. 私はただ状況に合わせて人称を変えているだけだ。これからは『貴様』と呼ぼう。


 なるほど、それが答えらしい。


 ーーーーーー


 本日分のゲームと質問が終わり、遊戯室から出て行こうとリベル様が背を向けた。

 そこを待ってくださいと呼び止め、


「これはお願いなんですけど、今王城の方がどうなっているか見てください」


 今日の質問はもう終わりだが? なんて言われないように、しっかり前置きをする。

 この別荘がある地域は王都から遠すぎて、私たちがいなくなってからどうなったか情報が一切入らない。

 それがなんだが不気味だし、この平穏がいつまで続くのか分からないしで怖かった。


「良いだろう」


 一つため息をつき、リベル様は光魔法を駆使すべく集中する。

 レヴィーア・フローディアの手紙を読んで少しだけ思い出せたゲームの内容に、リベル様が使う魔法の詳細もあった。


 それは『光を屈折させる』魔法。

 その能力を応用して現代で言う光ファイバーのように、幾度となく光を全反射させ、遠くの情報を光速で取得することができる。まさに千里眼のような魔法だ。


「想定より随分とかかったがこれは……」


 そうして告げられた状況は——

 

「王城は群衆に包囲されている。今夜にでも陥落するだろう」

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