最終話 旅立ち

 3月2日。釜揚高校の校門には「卒業式」と書かれた看板が立っていた。今日は釜揚高校の卒業式だ。3―Dの教室では卒業生たちが談笑していた。城ヶ崎しげるが安永拳に近づき話しかける。


「よう、リーダー」

「おいっす、ヤスケン。よく卒業できたな」

「おいおい、『よく卒業できたな』はないだろ?まるで下手したら卒業できないみたいなセリフ言いやがって。ま、ギリギリだったけど」


 しげると安永の二人に三日月モモが近寄る。


「おはよう、お二人さん」

「おはよう、モモッチ」

「ヤスケンも無事に卒業できたことだし」

「ちょっと、モモッチまで俺が危うく卒業できなそうなセリフ言っちゃって」

「ふふふ、ごめんなさい。そんなにすねないで。よしよし」


 モモが小さい子供をなだめるように安永の頭をなでる。すると、安永は子供のようにおとなしくなってしまった。


「安永くん……君はモモッチの犬か」


 おとなしくなった安永に向かってしげるが皮肉った。すると、スピーカーから放送が流れ始めた。


「卒業生の皆さんは体育館に集合してください」

「じゃあ、行きましょうか」


 モモの一言で3人は体育館に向かった。



 体育館では卒業生だけでなく、その父母そして在校生十数人も集まっていた。ステージのすぐ下には3年生の担任が並んでいた。3―Dの担任、越ひかりの顔が緊張でこわばっているのが遠くから見てもわかった。


「ひかり先生、緊張してるね」

「うんうん、俺らの名前読み上げるとき声が裏返りそうだな」

「そういうこと言うなよ。俺のときに裏返ったら、俺のほうが恥ずかしいよ」


 卒業生たちがひそひそと話をしていると、その姿を見つけたひかり先生がぎらりと睨みつけた。その視線に生徒たちは怯み、おとなしくなった。司会の教師がマイクの前に立った。


「これから、静岡県立釜揚高等学校の卒業式を始めます。一同起立、礼!」


 卒業式の出席者が一同に礼をした。


「校歌斉唱」


 続いて放送で流れる伴奏に合わせ、校歌を斉唱する。校歌を歌う最中に泣く生徒がいた。


「う……う……」

「これで涙を拭きなよ、ヤスケン」


 モモからハンカチを渡され涙をぬぐう安永。


 続いて卒業証書授与。担任が卒業生の名前を読み上げると、卒業生が檀上にあがり、校長から卒業証書を受け取る。3―Dの順番になった。ひかり先生が卒業生の名前を読み上げる。


「城ヶ崎リーダー……じゃなくて、城ヶ崎しげる!」

「はい」


 しげるは多少照れながら、壇上にあがった。鈴井校長がしげるに卒業証書を渡す。


「おめでとう、リーダー」

「あ、ありがとうございます」


 少しため息をついたあと卒業証書を受け取るしげる。


「三日月モモ!」

「はい!」


 モモは元気よく返事をして壇上にあがる。鈴井校長がモモに卒業証書を渡す。


「おめでとう、モモちゃん」

「ありがとうございます!」


 元気良く卒業証書をうけとるモモ。


「安永拳!」

「ぶぁい」


 安永は泣きながら壇上にあがる。鈴井校長が安永に卒業証書を渡す。


「おめでとう、安永くん」

「あ、ありがとうございましゅる……」


 安永は鼻をすすりながら卒業証書をうけとった。

 

 続いて在校生による送辞。生徒会長らしき人物がマイクの前に立つ。


「卒業生の皆様、卒業おめでとうございます」


 送辞が始まった途端、陽気なサンバの音楽が流れてきた。すると、体育館の入り口から大きな羽を背中につけビキニを着た集団が音楽に合わせ踊りながら現れた。騒然となる体育館。集団がステージの前まで進み、踊りが激しくなる。集団をよく見ると、ビキニを着て踊っているのは男子であった。そして、集団の中心は、


「リオ!オーレッ!」


 一番激しく踊っている鈴井校長であった。爆笑に包まれる体育館。激しい踊りが終わり、鈴井校長が「卒業オーレ!」を叫ぶと、体育館は大きな拍手に包まれた。


 えらく盛り上がった送辞に続いて、卒業生の答辞。無難な答辞を述べたため、卒業生からブーイングが起こった。


 卒業式のあと、しげる、モモ、安永と数人の友人が近くの駄菓子屋『さつき屋』に集まっていた。


「ヤスケン泣きすぎだよ」

「いつもクールだから、びっくりしちゃったよ」

「だって、感極まっちゃって……」


 照れ笑いをする安永。


「じゃ、みんな食べようよ。おばちゃん、牛串に大根」

「あいよ」


 しげるが注文をすると、駄菓子屋のおばちゃんが奥の厨房に入っていく。


「リーダー、なんでおでんの具を頼んでるの?」


 不思議な顔をしてしげるに質問をする安永。


「え、普通じゃない?」

「ここ駄菓子屋だよね」

「そうだよ」

「駄菓子屋におでんって……。北海道じゃなかったから」

「うそ?もしや静岡だけなの?」


 逆にびっくりする安永以外の面々。


「じゃあたし、黒はんぺんに大根に煮卵に牛串に……」

「モモッチ、相変わらず……」

「相変わらずって何よ、ヤスケン」

「いや、たくさん頼むから」

「あぁたの分も頼んでるんだよ。おばちゃん、あとトマトとバナナね」


 安永のほほを指でつまむモモ。


「ちょっと、お二人さんいちゃつくなよ」


 安永とモモのやり取りを茶化すしげる。すると、駄菓子屋に女生徒が走って入って来た。


「あ、ダーリン見っけ!」


 入って来たのは菊地萌子であった。


「あ、菊ちゃん」

「卒業おめでとうございます、安永先輩、モモッチ先輩」


 すると菊ちゃんはしげるの隣に座り、しげるの腕を抱きしめた。


「あれあれ?どういうこと?」


 モモがしげるを茶化す。照れるしげる。


「あたしたち、結婚するんです」

「ええ?!」


 菊ちゃんの結婚宣言にびっくりする一同。


「ちょっと、結婚って。あぁたまだ高校生じゃない。俺、結婚なんて聞いてないし」

「ダーリン、女性は16から結婚できるのよ。3月11日、あたしの誕生日だから役所に届出しに行くよ」

「ちょっと待って。その話は後でゆっくり話そうよ、菊ちゃん」

「『菊ちゃん』?『ハニー』でしょ、ダーリン」

「……ハニー」


 二人のやり取りを見てにやりと笑う一面。

 十数分後、駄菓子屋のおばちゃんがおでんを運んできて、みんなでおでんを食べる。


「ヤスケン、はい、あーん」

「あーんってこれもしや……」

「そうよ、バナナ。はい、食べて」

「え……あーん」


 安永が恐る恐るバナナのおでんを食べた。


「うまくない……」


「ほら、あっちのカップルに負けないわよ。ダーリン、あーん」


 菊ちゃんが対抗意識を燃やして、しげるにおでんを食べさせる。


「あーん。……って熱っ!」


 悶えるしげるにみんなが笑う。


 1時間後、おでんを食べて駄菓子屋『さつき屋』を出る一同。


「どうだった、ヤスケン?」

「うんうまかったよ、モモッチ。まさか駄菓子屋でおいしいおでんが食べられるなんて思わなかったよ。あっ」

「何?」

「なんで『1週間に10日来い』なんだろう?」


 看板を指差す安永。


「そういえば、なんでだ?」


 一同首をかしげる。


 3月20日。安永とモモは成田空港のロビーにあるソファに座っていた。


「もうすぐ出発だね」

「うん」

「荷物それだけでいいの?」

「ははは。他の荷物はもう別の便で送ってるよ」

「でも、よく大きなコロコロ転がす鞄みんな持ってんじゃん」

「キャリーバックのことね。それはもう飛行機に乗せたから」

「あ、そうなんだ」

「ウィーン着いたら手紙書くね」

「うん、ありがとう。向こうであまりお菓子食い過ぎないでね」

「何言ってんの?」

「え、俺なんか言った?」

「言ってたよ、食べすぎるなって」

「え、言ってないよ……」

「わかった、ミッフィーが言ったんだ」

「そ、そう……俺の中にいるミッフィーが言ったんだよ」

「ちょっと、なんで焦ってるの?ミッフィーじゃないでしょ、ヤスケンの失言でしょ」

「ごめんなさい」


 安永がモモに平謝りする。謝る安永に微笑むモモ。


「二人で盛り上がってるなよ」

「そうだよ、見送りに来てるのはヤスケンだけじゃないんだから」

「ごめん。見送りありがとう、リーダー、玉木」


 実は安永とモモの向かいのソファにはしげると玉木が座っていた。


「まさか、木琴が音楽の都ウィーンに行くとは」

「ちょっと『木琴』はもうやめてよ。玉木、東京の音大に行くんでしょ。学ぶ場所は違うけどお互いがんばろうね」

「ああ、4年後は俺のほうが有名なオーケストラの指揮者になってるから」

「あたしも負けないわよ」


 ガッツポーズをとるモモ。


「モモッチ、言葉とか大丈夫?英語じゃないみたいじゃん」

「そう、ドイツ語なんだけどね。大丈夫よ、住んでみたら何とかなるわよ」

「相変わらず、自信たっぷりだな」

「なるようにしかならないじゃない?まったくリーダーは心配症なんだから」

「あははは」

「で、ところで結婚はどうなったの?」

「え、結婚っ?!」

「卒業式の時、菊ちゃんと結婚するって言ってたじゃない?」

「あれは向こうが勝手に……」


 しげるがあたふたしていると、眼鏡をかけた長身の男性が4人の座っているソファにやってきた。


「モモちゃん、そろそろ時間だよ」

「わかりました、ルギーさん。リーダー、結婚の話はあとで聞くから」

「ほっ」


 胸をなでおろすしげる。


 5人は空港のゲートに向かう。モモが空港のゲートの中に入る。

 安永たち4人は手を振ってモモを見送る。


「モモッチ、がんばれよ~!」


 安永が声をかけると、モモは一瞬振り向き投げキッスをした。そして、モモは飛行機に乗り込んだ。


 モモが乗った飛行機が飛び立つのを空港の窓から眺める安永。安永の肩をたたくルギー。


「やっぱり寂しいか?」

「寂しくないって言ったら嘘になりますけど……。でも、がんばってほしいから」

「いい男だな、ヤスケンくん」

「ありがとうございます」

「行こうか」

「はい」


 成田エキスプレスの成田空港駅に向かう4人。すると、ルギーが安永に話しかけた。


「ヤスケンくん、このまま帰るのはつまらなくないかい?」

「ああ、このあとリーダーと玉木くんと3泊4日で卒業旅行に行くんですよ。東京観光なんですけどね」

「東京観光もいいけど、卒業旅行ならもっといい旅があるんだけど」

「はい?」


 安永が首をかしげるのとは対照的にしげると玉木はニヤニヤ笑っている。すると、ルギーは安永にあるものを手渡した。


「サイコロ?」

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Re:学校1の食いしん坊女子がラブコメ? ドゥギー @doggie4020

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