第4話 四本目

 今日は大学入学式の前日である。通学経路の確認は終わっているし、明日着るスーツ類はハンガーにかかっている。あとはかばんに入れる物を準備するのみである。机の上には定期券と財布、スマホに筆記用具、そして新しい腕時計。


 駅前の時計屋『Le tempsル・タン』。中学の同級生であるあんさんのご家族が営む街の時計屋である。

 ちょうど大学生活用にG-SHOCK以外の時計が欲しかった僕は、店番をしていた杏さんに時計を見繕ってもらったのだ。


 ─1週間前の『Le tempsル・タン』。


 「未来君、お待たせ」


 杏さんはそう言いながら時計の乗ったトレーを置いた。トレーには2本の時計が並んでいる。


 「この2本は2万円以下の物よ。1つは電波ソーラーで、もう1つは機械式ね」


 ついに2本まで絞れたか、と気持ちが盛り上がるのを感じた。2万円弱なら出せないこともない。

 1つ目の電波ソーラーはSEIKOの時計で、注文通りの金属製のブレスに黒い文字盤である。シンプルでありずっと使えそうで非常に良さそうだ。

 2つ目の時計は、何故か革製のベルトの物だ。白い文字盤に黒い革のベルト。こちらの希望とは違うが、大人っぽくてめちゃくちゃ好みかもしれない。


 「ねぇ杏さん。この時計は革のベルトだけど?」


 「レザーのが嫌だったら、メタルブレスに交換してあげるわよ。お値段の割に良い感じに見えるからチョイスしたの」


 「嫌じゃないよ。寧ろ気に入ったかも。何ていう時計?」


 文字盤を覆うガラスが、ドームのように少し膨らんでいる。レザーのブレスレットを付けるのは初めてで、高校を卒業して大人になった瞬間を感じた。


 「これはORIENTというところのバンビーノっていう時計よ。もしメタルブレスが欲しくなったら、交換の仕方も教えてあげるから言ってね」


 杏さんは嬉しそうにメタルブレスも用意してくれていたので、思わず合わせて買ってしまった。



 買ってから何度も、付けては外しを繰り返してみて、予行演習だよと自分に言い聞かせる。

 明日スーツに合わせるのが楽しみだ。そう思うと自然と口角が上がってしまう。新しい腕時計のせいかもしれないし、杏さんの笑顔を思い出したからかもしれない。

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