第5話 五本目
大学生活というのは、遊んでばかりという勝手なイメージがあったが、正直な感想としては中々大変だった。
慣れない電車通学や大学での生活は、今まで受動的でよかった学生生活からすると180度変わってしまったようだ。
「急に社会に放り出された気分だよ。何でも自分で決めないといけないって自由だけど自由じゃない気がする」
そう言って定位置であるカウンターの前に座った。大学が始まってから、週に1回程のペースでこの『
「あら、選択する自由があるって素敵じゃない。要は卒業できるようにすればいいのよ」
杏さんは大学で有意義な時間の使い方をしているようだ。こうして家の手伝いもしながら華やかな女子大生をこなしている。
「僕はある程度決められた枠の中が好きらしい」
そんな風に愚痴りながら左手首をさすった。こちらで購入したオリエントのバンビーノを外して寂しくなった手首だ。
入学前に購入したその時計は、すっかりお気に入りとなっていた。入学して梅雨になる前に金属のブレスに交換している。今日はそのブレスがよりしっくりくるように杏さんに長さ調整してもらっていたのだ。
「はい、お待たせ。着けてみて、違和感とかキツいとか無いかしら?」
トレーに乗せられて腕時計が帰ってきた。待ってましたと言わんばかりに左手首に装着する。
「おお! 前よりズレないと思う!」
うっとりしながら眺めていると、腕時計を購入してから気になることを思い出した。
「朝電車で大学に向かってるとさ、色んな人の手を見ちゃうよね。吊り革とかつかまってたりすると特に」
「それってもしかして、他の人の腕時計が気になる? 腕時計好きあるあるのひとつね」
ふふふ、と杏さんが穏やかに笑った。
「でもね、自分の方が良い時計だとか値段で勝った負けたとかは私は好きじゃないわ」
「そんな勝ち負けとかじゃないって。他の人が色々と良い時計してるよなって思ってさ」
電車では様々な時計を眺める事が出来るのだ。ただ僕はそれほど詳しくないため、どこの何ていう時計かは杏さんに説明出来ないのだ。
「良かった。未来君には値段とかで良し悪しを決める人になってほしくないから」
「それとさっきの話だけど、未来君はこれから自分で色々決めていける力があるって私は思うよ。だって、その腕時計だって買いたいって思って自分で決めてくれたでしょ」
そう言って僕の左手首を見つめて優しく微笑むのだった。
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