第6話 六本目

 夏が近付いてきた。暑いのが苦手な僕はラフな格好が多い。Tシャツにショーツ、スニーカーみたいな。

 昔から持ってるG-SHOCKだとラフ過ぎるかな、と最近思ってる。

 

 駅前の時計屋『Le tempsル・タン』で、時計屋の娘さんで中学校の同級生のあんさんに色々な話をする。週に1度のルーティンである。


「暑い。夏は苦手だよ。杏さんは夏は好き?」


「私は四季それぞれ良いところがあってどれも素敵だと思うわ」


 そう言いながら何やら時計を乗せるトレーを準備し始める杏さん。


「前に購入したオリエントの革ベルトは夏に着け辛い。でもG-SHOCKの気分じゃない、そんな時はないかしら?」


「そろそろバイト代も入るし、どういう時計が良いかな」


 スマホを取り出して検索画面を開く。腕時計を購入すると、自分の時計ばっかり検索して眺めたりするんだよな。


「ねね、未来君はどんな時計をネットで検索したりする?」


 ちょっと見せてみて、と杏さんは僕のスマホを覗き込む。


「あはっ、検索してるの買ってくれたオリエントのやつばっかりじゃない」


 わかるよーと杏さんは頷いた。検索だけじゃなくて写真フォルダに山ほど画像があるのは黙っておこう。


「買ってくれた時計を大事にしてくれてるのは嬉しいよ。でも今日は夏に似合う時計を紹介しちゃおうかな」


 用意してくれていた時計を出すのかなと思いきや、杏さんはタブレットを取り出した。


「はい!夏といえばダイバーズウォッチでしょ。こういうのとかこういうのが定番かな」


 ダイバーズウォッチ。時計に興味を持ってから良く聞くようになった言葉だ。海に潜るダイバー用のウォッチ(そのまんまだ)の事だろう。


「うーん、杏さん。僕はそんなに海に行ったりとかしないからなぁ」


「ダイバーズウォッチだからといって海専用とかそういう訳じゃないわよ。ダイバーズウォッチというジャンルとして定番になっているの。だいたいこのような見た目をしているわ」


 タブレットに映し出された2本の時計を拡大してくれた。どちらの時計も文字盤のまわりに大きいふちがあり、数字が書いてある。


「バイクに乗る人だけがライダースジャケットを着ている訳じゃなくて、定番のジャケットになったでしょ?そんな感じかな。こっちの時計がロレックス:サブマリーナ。隣がオメガ:シーマスター。ダイバーズウォッチは堅牢で高い防水性能が特徴なの」


 杏さんが説明してくれた時計の画像の下にお値段がさっきから見えているのだが、桁がおかしい気がする。


「この辺りの時計は大学生には分相応ではないわね。そもそもうちでは取り扱ってないし。ただ定番や良い物を見ておくことは大事かな」


「よかった、金額見て焦ったよ。まだ聞きたい事あるから教えてよ」


「良いわよ。ゆっくりしていって。バイト代で買えそうな物を何点か用意してみたから、実物見ていってよ」


 杏さんはダイバーズウォッチが乗ったトレーをやっと僕の目の前に置くのだった。

 

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腕時計は何にする? 睦月 @mutsuki1

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