春風ひとつ、想いを揺らして
有部理生
春風ひとつ、想いを揺らして
春は私の季節だ。
正確には、私のモデルとなった神獣――青竜こそ春を
「クロロフィルa量の記録は済んだ?」
「とっくに。やはり
地球から数十光年。私と私のパートナーは
つまり地軸の傾き由来の四季が存在しないかわりに、太陽との距離によって惑星全体の季節が変わる。今は丁度恒星に接近中。
我々はいくらかの
氷雪の白一色であった惑星は、海の青が戻る端から鮮やかな色に染まる。赤、緑、黄、橙、茶、灰、紫、桃色、黄緑、黒、金に銀、翡翠に空色……虹の色全てを見つけることだってできそうなほど。
その色の正体は藻類。単細胞のものが多く、地球のものと同様に
同じ色で固まったり交じり合ったり。様々な種が
……この惑星には藻類以外はバクテリアかウィルスかくらいしか存在しない。藻類は普段は分裂等の
けれど、眼下に広がる
「……ねえ、行ってみる?」
私は頷いた。
酸素と二酸化炭素がいささか過剰なためどのみち必要ではあるのだが、私のパートナーは宇宙服に身を包んだままだ。惑星の生態系に影響を与えぬよう、使い捨ての最外殻を含め、何重にも梱包され密閉されている。とはいえ宇宙開発黎明期と比べ身体にフィットさせているため、動きの阻害は最小限。彼女の
仮に知性を持つ異星人が見たら、地球人はヘルメットを被り宇宙服を纏った姿の種族と認識されるかもしれない、そんなことを思う。
波打ち際までいっぱいに藻類がはびこり、海水自体が色水のよう。何回か掬ったり水中に手を入れたりしているうちに、私はある違和感を覚えた。
「……どうかしたの?」
「……いや、海水中に電流が流れている気がするんだ」
「どういうこと?」
「……少し解析してみる」
青竜は春と同時に、五行の”木”属性をも司る。これは草木(の生育するさま)のほか、雷の属性をも包含する。春先の雷のことか、あるいは古代の人間が、光合成を始めとする生命活動にも電子の移動が不可欠であることを無意識の奥底で直観でもしたのか。
ともあれ私はそれに因んでか、僅かな電位差・電流をも感知するセンサを体表に持つ。今回はその感覚に引っ掛かりがあった。
「……パルス? 完全に規則的、というのともまた少し違うような……」
この電流のパターンは知っている。動物のニューロンの発火だ。私は直観した。
藻類が
ちくちく、ちくちくと、さんざめくような……
『uitt@6bzwe.9』 『doue』 『0toue』
電磁気覚を通じて、流れる電流の規則性を解析しようとした。私から僅かな電流が漏れる。反応は激烈だった。
『なに?』 『なに?』
ひょっとするとあちらも私のことを解析していたのかもしれない。言葉に聞こえる電気信号が送られてくる。
『こんにちは』 『あたらしいこ?』 『びっくり!』
『こんにちは、きみたちはいったい?』
彼らの問い方に沿ってこちらも電気信号を返す。慎重に。
「知的生命がいるみたいだ。こちらの
「ここで? 群体知性だというの?」
「そうそれ!」
手のひら越しの対話は続く。
『ふるいもの』 『あたらしくなるまえの』 『これからあたらしくなる』
『へんなこ』 『つながらないの?』 『あたらしくならないの?』 『ふえないの?』
幼げに聞こえても、発祥地の違う種族と平然とコミュニケーションをとれる学習能力の高さ。恐ろしくもあるが、あるいは……
暖かな風が吹く。海の上を渡り、ゆるやかなうねりが生み出される。
『きゃあ』 『ひゃあ』
『くすくす』 『くすくす』
風が吹いた後、”彼ら”の気分が変化したように感じられた。
「藻類の細胞ひとつひとつが神経細胞なのかしら。でも
「集合することでインパルスを発生するようになるのかも」
「なるほど。そっちは?」
「快を感じている――喜んでる。元から負の感情ではなかったけどより一層」
「今のところ大丈夫そうね」
「うん、ただあまり風は吹いて欲しくないね。たぶん風で藻類の配置が変わって色々変わってしまう」
「神経の配列が変わるようなもの」
『もうひとり?』
『はい。私のパートナーが。あなたにはふれられませんが』
『会いたい』 『不可能?』
『無理です』
『はい』
天敵がいなかったせいもあるからか、恐ろしいくらいに素直で純粋そうだ。
『あたらしくなると死ぬ?』
『え?』
『はなれてなくなる』
私はいままでの対話の内容をパートナーに伝えた。
「藻類は他の藻類がいなければ神経細胞として働けない。有性生殖が終われば接合も解けるし密度も下がる。そういうことかしら」
パートナーはそう推測を立てた。恐らく当たっているだろう。
「それにしても知的生命なんて……春の間だけならまるでスプリング・エフェメラルね」
『はなれてなくなる、きえる』
『怖くないのか?』
『なぜ?』
『覚えているのか?』
『なにを』
『以前、昔のことを』
『なにも』 『またあたらしくなる』
自我持つ存在なら持っていそうな死への恐怖が、無いか極めて薄い。やはりというべきか、以前の春の記憶は持てないようだ。それすらも全く気にした調子が無い。
別れの挨拶は唐突だった。
『さよなら』
そして電気信号が引く。
帰りの
「まさかの初知的生命・・・・・・」
「物理的な影響はおよぼざないようで、僅かな間だけの知性……個々の細胞がどう、というより藻類の群体全体のネットワーク上に走らされる幽霊? 物理構造への依存はどれくらいか」
そして二人して顔を見合わせて笑った。
この惑星を調べた結果は注目を集めるだろう。まだまだ解明しなければならないことはたくさんある。
美しい
春風ひとつ、想いを揺らして 有部理生 @peridot
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