春風ひとつ、想いを揺らして

有部理生

春風ひとつ、想いを揺らして

春は私の季節だ。


正確には、私のモデルとなった神獣――青竜こそ春をつかさどるもの。


「クロロフィルa量の記録は済んだ?」


「とっくに。やはり現在いまが春なんだろう、地球標準時で約一ヵ月半、の公転周期の1/8分前に比べればずいぶんと上昇している」


地球から数十光年。私と私のパートナーは地球由来生命居住可能領域ハビタブル・ゾーンに座す系外惑星に赴いた。太陽に似た恒星に、これまた地球に似た惑星。そこそこ珍しい組合せであるが、地球と違い海が表面積の大半を占める。またこの惑星は自転軸が公転面に対して傾いておらず、公転軌道の離心率が大きい。


つまり地軸の傾き由来の四季が存在しないかわりに、太陽との距離によって惑星全体の季節が変わる。今は丁度恒星に接近中。寒期ふゆには全球の表面が凍結したものだが、極を除いて氷は溶け、気温も光量も上昇中だ。


我々はいくらかの無人探査機プロウブを送り出し、リモートセンシング用の衛星を発射して、静止軌道上で寒期ふゆの終わりを待った。


氷雪の白一色であった惑星は、海の青が戻る端から鮮やかな色に染まる。赤、緑、黄、橙、茶、灰、紫、桃色、黄緑、黒、金に銀、翡翠に空色……虹の色全てを見つけることだってできそうなほど。


その色の正体は藻類。単細胞のものが多く、地球のものと同様にクロロフィル葉緑素を持ち光合成をし、様々な補助色素に二次代謝産物が鮮やかな色合いを生み出している。


同じ色で固まったり交じり合ったり。様々な種が暖期はるの訪れを寿ぐ。


……この惑星には藻類以外はバクテリアかウィルスかくらいしか存在しない。藻類は普段は分裂等の無性生殖クローンでのみ殖える。しかし氷が溶け春が訪れると、海面に浮上した細胞同士が交接を行い有性生殖遺伝子をシャッフルする。それも一種や二種ではなく、この惑星に存在するほぼ全ての藻類が。地球のそれより、名実ともにブルーム開花に相応しい現象と言えようか。


寒期ふゆの間、採取したサンプルを用い実験室ラボ内で再現し予測していた現象ではある。地球でも、熱帯雨林の一斉開花やサンゴの一斉産卵など、異なる種間で生殖行動を同期・同調させる例は多い。


けれど、眼下に広がる惑星ほしそのものを春色に染め上げる光景。地球ではありえぬ光景に、予想を超えて圧倒される。


「……ねえ、行ってみる?」


私は頷いた。


連絡艇シャトルを操縦し、わずかに頭を出す陸地に降り立つ。乾燥に強い藻類が僅かに進出しているほかは、ただの岩塊である。海の華麗な豊穣に対し、いささかものさびしい。


酸素と二酸化炭素がいささか過剰なためどのみち必要ではあるのだが、私のパートナーは宇宙服に身を包んだままだ。惑星の生態系に影響を与えぬよう、使い捨ての最外殻を含め、何重にも梱包され密閉されている。とはいえ宇宙開発黎明期と比べ身体にフィットさせているため、動きの阻害は最小限。彼女の個人色パーソナルカラーである深い藍に染められたシルエット。秘色ひそくうろこの私と対比するとまるで夜空と昼の空のよう。


仮に知性を持つ異星人が見たら、地球人はヘルメットを被り宇宙服を纏った姿の種族と認識されるかもしれない、そんなことを思う。


炭素系化学合成生命でないロボットである私は、高度な滅菌を経ても問題ないため惑星の環境にじかに触れられる。パートナーがきょろきょろと辺りを見回す間、私はごく静かな波が寄せる波打ち際に、そっと手を差し入れてみた。


波打ち際までいっぱいに藻類がはびこり、海水自体が色水のよう。何回か掬ったり水中に手を入れたりしているうちに、私はある違和感を覚えた。


「……どうかしたの?」


「……いや、海水中に電流が流れている気がするんだ」


「どういうこと?」


「……少し解析してみる」


青竜は春と同時に、五行の”木”属性をも司る。これは草木(の生育するさま)のほか、雷の属性をも包含する。春先の雷のことか、あるいは古代の人間が、光合成を始めとする生命活動にも電子の移動が不可欠であることを無意識の奥底で直観でもしたのか。


ともあれ私はそれに因んでか、僅かな電位差・電流をも感知するセンサを体表に持つ。今回はその感覚に引っ掛かりがあった。


「……パルス? 完全に規則的、というのともまた少し違うような……」


この電流のパターンは知っている。動物のニューロンの発火だ。私は直観した。


藻類がインパルス電気信号を発している。


ちくちく、ちくちくと、さんざめくような……


『uitt@6bzwe.9』 『doue』 『0toue』


電磁気覚を通じて、流れる電流の規則性を解析しようとした。私から僅かな電流が漏れる。反応は激烈だった。


『なに?』 『なに?』


ひょっとするとも私のことを解析していたのかもしれない。電気信号が送られてくる。


『こんにちは』 『あたらしいこ?』 『びっくり!』


『こんにちは、きみたちはいったい?』


彼らの問い方に沿ってこちらも電気信号を返す。慎重に。


「知的生命がいるみたいだ。こちらの言葉フォーマットに適応可能!」


「ここで? 群体知性だというの?」


「そうそれ!」


手のひら越しの対話は続く。


『ふるいもの』 『あたらしくなるまえの』 『これからあたらしくなる』


『へんなこ』 『つながらないの?』 『あたらしくならないの?』 『ふえないの?』


幼げに聞こえても、発祥地の違う種族と平然とコミュニケーションをとれる学習能力の高さ。恐ろしくもあるが、あるいは……


暖かな風が吹く。海の上を渡り、ゆるやかなうねりが生み出される。


『きゃあ』 『ひゃあ』


『くすくす』 『くすくす』


風が吹いた後、”彼ら”の気分が変化したように感じられた。


「藻類の細胞ひとつひとつが神経細胞なのかしら。でも実験室ラボではそんな電気はみなかった気がするのだけれど」


「集合することでインパルスを発生するようになるのかも」


「なるほど。そっちは?」


「快を感じている――喜んでる。元から負の感情ではなかったけどより一層」


「今のところ大丈夫そうね」


「うん、ただあまり風は吹いて欲しくないね。たぶん風で藻類の配置が変わって色々変わってしまう」


「神経の配列が変わるようなもの」


『もうひとり?』


『はい。私のパートナーが。あなたにはふれられませんが』


『会いたい』 『不可能?』


『無理です』


『はい』


天敵がいなかったせいもあるからか、恐ろしいくらいに素直で純粋そうだ。


『あたらしくなると死ぬ?』


『え?』


『はなれてなくなる』


私はいままでの対話の内容をパートナーに伝えた。


「藻類は他の藻類がいなければ神経細胞として働けない。有性生殖が終われば接合も解けるし密度も下がる。そういうことかしら」


パートナーはそう推測を立てた。恐らく当たっているだろう。


「それにしても知的生命なんて……春の間だけならまるでスプリング・エフェメラルね」


『はなれてなくなる、きえる』


『怖くないのか?』


『なぜ?』


『覚えているのか?』


『なにを』


『以前、昔のことを』


『なにも』 『またあたらしくなる』


自我持つ存在なら持っていそうな死への恐怖が、無いか極めて薄い。やはりというべきか、以前の春の記憶は持てないようだ。それすらも全く気にした調子が無い。


別れの挨拶は唐突だった。


『さよなら』


そして電気信号が引く。


帰りの連絡艇シャトル内では、興奮があまりにも高まっていたため私も私のパートナーも口をきけなかった。やがて母船に戻り、独り言のようにそれぞれが口を開く。


「まさかの初知的生命・・・・・・」


「物理的な影響はおよぼざないようで、僅かな間だけの知性……個々の細胞がどう、というより藻類の群体全体のネットワーク上に走らされる幽霊? 物理構造への依存はどれくらいか」


そして二人して顔を見合わせて笑った。


この惑星を調べた結果は注目を集めるだろう。まだまだ解明しなければならないことはたくさんある。


美しいブルーム水の華はもうしばらく続きそうだ。我々の往来に関わらず、依然として美しかった。



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