第8話:息子の死と崩御

1581年、皇太子イヴァンは27歳の屈強な青年に成長していました。頭の回転が早く教養があった反面、残忍な性格も父譲りで、父子はたびたび拷問の現場に立ち会っていました。

そんな息子をイヴァンは溺愛していたのですが、ポーランドが侵攻したさい、指揮官として皇太子を同行させては、という大貴族の提案に反発します。


そういえば、息子も同じことを言っていた。皇帝であるおのれを差し置いて。さては、玉座を狙っているな。


イヴァンはそう思いこむものの、その場はなんとかこらえました。

それからほどなく、妊娠していた息子の妻が、薄着で宮廷内を歩いていたのを咎めて殴り、流産させてしまいます。

それに息子のイヴァンが激昂。父に向かって怒りをぶつけます。

「反逆者め!」。イヴァンはそう叫びながら、息子を鉄鈎の棍棒で殴りつけました。こめかみを割った息子は倒れ、そのまま大量の血を流しながら、四日後に死んでしまいます。

われに返るもすでに遅く、イヴァンは最愛の息子を殺してしまったのでした。


葬儀後もイヴァンの狂乱は続き、あてどもなく息子を探しながら宮廷をさまよいます。

最大の罪を犯した自分には、玉座に座る資格はない。

そう側近たちに告げ、新たな皇帝を探すよう命じたものの、だれひとり同意しません。なぜなら、イヴァンが病魔に倒れたときのことが、恐怖としてよみがえったからです。


喪に服す日々のなか、スウェーデンとも休戦調停を結び、領土の一部を失います。息子を失った今、意気消沈した皇帝に戦う気力は残されていませんでした。

そんななか、東部のタタール人の部隊が、つぎつぎと戦勝し、領土を拡大していきます。イヴァンが知らないうちに、シベリアがロシアの領土になりました。


シベリアを得たことで、活力を取りもどしたイヴァンは、またもイギリスの王族との結婚を目論みます。

さすがにエリザベス女王は年齢的に難しく、その親族である姪を花嫁にしたいと、イギリスへ使者をおくりました。


エリザベス女王は承諾しません。ロシア皇帝の悪評は広まっており、息子を殺し、8回も結婚した老皇帝に姪を嫁がせるなど、とんでもない、と。

だから前回同様、縁談についてはいっさい触れないまま、友好国としておつきあいしましょう、という親書をもたせます。

姪たちは、美人でないから、皇帝のお眼鏡には叶いませんと、使者に言い、ドドメに「つい先日、8番目の皇妃が皇子を産んだのでは?」と指摘されてしまえば、縁談を進めるのは無理というもの。


不思議なことに、息子殺しの悪評が、縁談を拒絶されたのだという思いに、イヴァンが至ることはなかったといいます。


1584年、イギリスの使者がロシアにやってくるなり、イヴァンは「花嫁はまだか?」と催促するも、「もっときれいな令嬢がいるから、待ってください」と、かわされてしまいます。

そして隣国であるポーランド、スウェーデン、デンマークと友好になれば、ロシアと同盟を結んでもいい、という女王の親書に、イヴァンは激怒。使者はほとぼりを覚めるのを待ち、交渉。その繰り返し。


二ヶ月間、進展がないまま、使者はイギリスに帰国することになり、最後の会談を行う予定でしたが、取り消されました。

皇帝が病気で、謁見が叶わなかったためです。


崩御する一年前から、イヴァンは人生を振り返り、今まで殺害した人々の名前を文書にしました。決して後悔からではなく、死者の冥福を祈るために。

リストのひとつは3148名、もうひとつは3750名が挙げられていました。


1584年3月18日、体調が良くなったと感じたイヴァンは、側近たちとチェスをしているさなか、突然、息を引き取りました。

皇帝の葬儀にはおびただしい数の人々が、訪れたといいます。


その後、息子フョードルが即位するも、気弱で優柔不断なあまり、義兄に政治を頼ります。やがて、ロシアを支配したのはフョードルではなく、その摂政である義兄ボリス・ゴドゥノフでした。1598年に全国会議にてツァーリに選出されます。


残虐な暴君だったイヴァン四世ですが、死後、口承人たちは彼を賛美します。古文書にはしっかりと彼の罪の足跡を残しつつ。


※その他世界史コラムは下記のブログに掲載しています。

偉人たちの素顔~世界史コラム

https://history.ashrose.net/

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イヴァン雷帝~初めてロシアを統一した皇帝 早瀬千夏 @rose

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ